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「軍事行動か、核廃棄か」いよいよ岐路が迫ってきた

2018.04.29

朝鮮半島情勢が、いよいよ正念場を迎えている。1993年以来の北朝鮮に対する国際社会の相次ぐ失策が挽回され、解決するか否か。ついに、そのことが問われる時がやってきたのである。

27日の文在寅大統領との板門店会談で、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が核実験場を「5月中に閉鎖」する方針を表明し、米韓の専門家やメディアに公開するため「招待する計画」まで明らかにしていたことがわかった。

さらに、会談の席上、「日本と対話する用意がある」と言明していたことも明らかにされた。29日午前の文在寅―安倍電話会談で伝えられたこれらの“事実”に、思わず私は「ほう」という声をあげてしまった。

5月中か、もしくは6月上旬までにおこなわれるだろう米朝首脳会談、そして、そのあとに予想される日朝首脳会談。いよいよ4半世紀に及ぶ北朝鮮核問題の決着がつくかどうか。私たち日本人の「生命」にかかわる大問題であり、最大の関心を払わざるを得ない。

私は、一連の動きで3つの感慨を抱いている。1つめは、金正恩の評価に対する国際社会の激変について、である。板門店会談の最大のサプライズは、なんといっても金正恩氏が「パラノイア」ではなく、「したたかな戦略家」であることが映像と生の声を通じて世界に認識されたことだろう。

幹部の相次ぐ粛清、叔父・張成沢の処刑、兄・金正男の暗殺、人民への残虐な仕打ち、核とミサイル実験の折々で発してきた常軌を逸した言葉の数々……私たちが知っている多くの現実は、「金正恩はパラノイア(※Paranoia妄想性パーソナリティ障害の一種)」という疑念を深め、実際にアメリカのヘイリー国連大使は昨年、ABCテレビのインタビューで、「彼はパラノイアの状態だ」と明言したこともあるほどだった。

しかし、文在寅大統領とともに、にこやかに笑う金正恩は、パラノイアどころか、実に巧みな「戦術家」「戦略家」であることを世界に示した。たとえ彼の本音が、昨年のクリスマス休暇以来、いつ断行されてもおかしくなかった米軍による“斬首作戦”への怯(おび)えであったとしても、また、石油の禁輸を含む苛烈な国際社会の経済制裁へのギブアップであったとしても、それをおクビにも出さず、堂々と振る舞ったのである。まさに「パラノイア」から、したたかな「戦略家」へと、自身の国際評価を「一変させた」のだ。

2つめの感慨は、北朝鮮による長年の工作活動の成果について、である。中国も北朝鮮も、多数の工作員(スパイ)を動かし、対象国の政界、経済界、マスコミ……等々を操作・誘導する“工作国家”である。その成果が今回の板門店会談で明らかになったのだ。

すなわち、親北政権である文在寅政権を生み、さらには、“北主導”の朝鮮半島統一への第一歩を「踏み出させた」ことである。

私は、現在の韓国を「文・任政権」と呼んでいる。これは、文在寅大統領と、秘書室長を務める任鐘哲(イムジョンソク)の“二人体制”という意味だ。

これまでインテリジェンスの専門家がくり返し指摘してきたように、任鐘哲秘書室長は、北朝鮮のために韓国国内で地下工作活動を長くおこなってきた経歴を持つ人物だ。そして、今に至るも転向宣言をしたこともなければ、過去を反省するコメントを発したこともない。つまり、任氏は、いまも「北のために」動く人物なのである。

今回、板門店でくり広げられた“スムーズな”南北融和の政治ショーを見て、私は任氏の手腕を再認識させられた。二人の首脳が板門店の南北境界線で握手を交わし、平和の家に移動し、ここであらかじめ詰めていた内容の発表をおこなう。

しかも、その発表では具体的な核廃棄の方法や期限は一切示さず、ただ「平和」「対話」「統一」だけを強調するのである。

そして、具体的なものは、時間をかけて“小出し”にし、国際社会を次第に自分の土俵に引き込み、「抱き込んでいく」のだ。すでに4月20日、平壌でおこなわれた朝鮮労働党中央委員会第7期第3回総会で、金正恩はこれまでの経済建設と核戦力建設の「並進路線」を終了させ、社会主義の経済建設に「総力を集中」させることを打ち出している。

つまり、経済発展に向けて金正恩体制は「突き進む」ということである。おそらく中国のように、共産主義下での特殊な「経済発展」を目指し、国力をアップさせることを目論んでいるのだろう。そして、その戦略の中では、日本の巨額の経済支援をアテにしていることは間違いない。

限界まで危機を煽って恐怖心を噴出させ、そのあと、一転してカネを出させるべく態度を軟化、変貌させる。そのしたたかさは、祖父・金日成、父・金正日以上かもしれない。

3つめの感慨は、ここまで北朝鮮を追い詰めることができた国際社会の一致した経済制裁の威力について、である。ついには石油が枯渇し、洋上で「瀬取り」(※船から船へ積み荷を移すこと)までしなければならないほど、北は土俵際に追い込まれた。

ブッシュ大統領が2002年1月、一般教書演説で、北朝鮮、イラン、イラクの3か国を名指しで批判した際、アメリカ人の多くは北朝鮮が「どこにあるのか」さえ知らなかった。

しかし、今は違う。ふつうのアメリカ人が朝鮮半島問題の大きさを知り、金正恩の存在を知っている。そして「この問題は放置してはならない」という認識を大多数のアメリカ人が持っている。

その「変化」の中心で大きな役割を果たしたのは、日本である。北朝鮮の非道を国際社会に訴え、トランプ大統領の尻を叩き、経済制裁を継続させている「安倍外交」がついに事態打開の可能性を生み出したのである。

フジテレビの報道によれば、先週おこなわれた日米首脳会談で、アメリカ側の出席者が「米朝首脳会談が決裂すれば、軍事攻撃に踏み切るしかない」という見解を日本側に伝えていたという。これは極めて大きな意味を持っている。

圧力は最後までかけ続けるという方針は今後も変わらないということである。トランプ―安倍コンビは、来たるべき「米朝首脳会談」が決裂すれば、「即、軍事オプションに入るぞ」という激烈な圧力の方針を確認し合ったということである。

すでに就任前に「3回」も極秘訪朝したというマイク・ポンぺオ国務長官。ジョン・ボルトン大統領補佐官と共に、北朝鮮最強硬派のポンぺオ氏は、「情報機関(すなわちCIA)による核査察」をおこない、「短期間」に廃棄を実現させ、さらには完全なる核廃棄が確認されない限り「見返りはない」という“リビア方式”での核廃棄プランを持って金正恩と交渉していると囁かれている。

すなわち、これが受け入れられなければ、米軍による「軍事オプション発動」の可能性は、実際に高まるのである。脅しというのは、本気であればあるほど、相手の「譲歩が引き出せる」のは世の習いだ。

北朝鮮情勢は今、まさにその段階にある。北朝鮮は核施設を温存させる方法をあの手この手で探るだろう。一方、アメリカはそれを許さず、軍事衛星その他のあらゆる手段を通じて、核施設割り出しを展開している。

そして、この圧力戦略によって、ついに拉致問題での急展開もあり得る情勢となってきたのである。夏までに「日朝首脳会談」まで至るとなれば、最重要課題である拉致問題はもちろん、経済協力という名のもとに北への巨額のODA(政府開発援助)も取り沙汰されることになる。そうなれば、日本得意の“ヒモつきODA”で、商社、ゼネコン、鉄鋼各社も必死の動きを見せるだろう。

日本を射程に収めた北のスカッド、ノドンおよそ1300発の問題をそのままにして、議論は進んでいくのだろうか。それとも「核」だけでなく、そこまで踏み込んだ話し合いに持っていくことができるのか。

あまりに多くの課題があり、これからが日本外交の正念場なのだ。審議拒否をつづけるドリーマー(お花畑)の野党に国会質問などしてもらう必要もないので、野党はいつまでも“審議拒否”をしていればいいだろうと思う。

ここへ来ても、まだ「安全保障法制の廃止」を宣(のたま)う野党党首もいる。政府には、彼ら野党を完全無視の上、国民の生命を守る「賢明な選択」を是非、お願いしたい。

カテゴリ: 北朝鮮, 政治

国民の「命」に対する“真の敵”は誰か

2018.03.29

私は、1年以上つづく「森友騒動」を見ながら、私たち国民の「命」に対する“真の敵”は誰か、ということを考えている。それは、「野党とマスコミではないか」と感じている。

私は、かねて日本が“DR戦争”の真っ只中にある、と指摘してきた。Dとはドリーマー、夢見る人の意味だ。事実を見ずに、観念論で物事を判断する人たちである。Rはリアリスト、いわゆる現実主義者だ。観念論を排し、事実を見て、それをもとに判断する人たちである。

今でも、日本が「左右対立」の時代である、と勘違いしている人がいる。しかし、今どき共産主義や社会主義、すなわち「全体主義国家」を志向する人が日本に多いとは思えない。ただ、昔、そういう方向にシンパシーを感じていた人々は、事実に背を向け、観念論に閉じこもる傾向が強い。だから、彼らは、往々にして「空想的平和主義」に陥る。

一方、リアリストは、あくまで現実を直視する。空想的平和主義には陥らず、現実的平和主義者となる。このリアリストたちを「保守」だと勘違いしている人もいるが、これもまったく間違っている。保守ではなく、現実直視のリアリストなのだ。

すべての世代で最大のリアリストは若年層である。就職、結婚、子育て……等々を「これから」おこなう若者は、いやでも現実主義者とならざるを得ない。彼らは、ネット世代でもある。情報源を新聞やテレビには、決して頼らない。

昨年、早稲田大学政治経済研究所と読売新聞との共同調査で興味深いことが判明した。若者は、新たな挑戦をおこなっている自民党や維新の会を「リベラル」と見ており、旧来の殻をいつまで経っても破れない共産党や公明党のことを「保守」だと見ていることである。

当ブログでも以前、紹介させてもらったが、私は目から鱗(うろこ)の思いで、その記事を読んだ。その意味では、森友問題ほど“DR戦争”を明確に指し示すものはないだろう、と思う。

それは、インターネットの力を見せつけるものでもある。新聞とテレビしか「情報源」を持たない“情報弱者”と、ネットも情報源にする人との事実認識の「乖離(かいり)」を、森友問題ほど明確に示す事例は、なかなかあるものではない。

リアリストは、新聞やテレビが印象操作という名の“ウソ”を報じていることを知っている。ネットの世界では、森友問題の真実はとっくに「明らか」になっており、そのことが「常識」になっているからだ。

多くの専門家の論評や分析を、ネットを通じて目の当たりにしている人たちには、ウソは通じない。森友騒動の真実は、公開された財務省の改竄(かいざん)前公文書でも、あらためて確認されている。それは、なにか。

この案件が、鴻池祥肇氏による「陳情案件」であることだ。改竄前文書には、「本件は、平成25年8月、鴻池祥肇議員(参・自・兵庫)から近畿局への陳情案件」という但し書きがくり返し登場する。

そう、この案件は、一貫して鴻池氏による「陳情案件」なのである。鴻池氏以外にも、鳩山邦夫、平沼赳夫、北川イッセイという三人の政治家が近畿財務局へ働きかけをおこなっていたことも、改竄前文書には詳細に記述されていた。

しかし、安倍夫妻の関与は出てこない。これだけ政治家からの陳情が詳細に記述されていながら、一切、出てこないのである。あくまで、これは鴻池議員による「陳情案件」であり、産経新聞の報道によれば、鴻池事務所の「陳情整理報告書」に、同年9月9日付で鴻池事務所が籠池氏に「小学校用地の件、先週、財務局より、7~8年賃借後の購入でもOKの方向。本省および大阪府と話し合ってくれる」と伝えたことが記載されている。

さまざまな政治家に働きかけて、鴻池氏以外にも、鳩山邦夫、平沼赳夫、北川イッセイという三人の政治家に動いてもらった籠池氏の“熱意”には恐れ入るばかりだ。

改竄前文書に、安倍昭恵氏が出てくる部分も、籠池氏のいい加減さを示すものとして実に興味深い。籠池氏は近畿財務局に、「いい土地ですから、前に進めてください」と昭恵氏から言われた、と伝えていた。

しかし、昨年3月の証人喚問では、籠池氏は、当該の土地を昭恵氏が「いい田んぼができそうですね」と発言した、と証言していた。「いい土地ですから、前に進めてください」と「いい田んぼができそうですね」とは、天と地ほども違う意味を持つ言葉である。

どんなことをしても土地を値切りたい籠池氏が、勝手に人の名前や言葉を都合よく“改竄”して出していたことが文書であらためて浮き彫りになったのだ。野党とマスコミがタッグを組んで、「8億円値下げは安倍首相がやった」と、いくら叫んでも、そんな事実は「出てこない」のである。

改竄前文書には、籠池氏という特異な人物に、いかに近畿財務局が翻弄されたかが出ている。2016年3月に「新たなゴミが出た」と、それまでのゴミとは別のものが出たと言い出し、「開校に間に合わなかったら、損害賠償訴訟を起こす」とまで恫喝されていた事実には、本当に同情する。「1億3400万円」で売却する契約が締結されたのは、その3か月後の「6月20日」のことである。

この土地の特殊性は、くり返し書いてきたことなので、簡単に記す。当該の土地は、「大阪空港騒音訴訟」の現場であり、どうしても国が手放したかった土地である。伊丹空港の航空進入路の真下で、騒音は大きく、また建物には高さ制限もついているといういわくつきの土地だ。

国は、やっと現われた“買い主”を逃したくなかったし、前述のように鴻池議員「陳情案件」であり、さらに鳩山、平沼、北川という都合4人の政治家が絡んだ案件でもあった。

いま「野田中央公園」になっている隣地は、国が補助金をぶち込んで、実質98・5%もの値下げになっていることでも、この土地の特殊性がわかる。どうしても手放したい国は、買い主に対してあらゆる利便をはかっているのだ。

しかし、そんな事情をすべて知っていながら、新聞やテレビは一切、これを書かないし、伝えない。あり得ない「安倍首相の関与」を1年以上、叫びつづけ、まだ「新たな証人喚問が必要だ」と世論を必死に誘導しているのである。

昨日、たまたまテレビをつけたら、「“アッキード事件”では、まだ籠池さんしか出てきていない。自民党の皆さん、真相究明にはこれからガンガン証人を呼ばないといけないので、逃げないでほしい」と叫んでいる野党議員の声が聞こえてきた。

アッキード事件? 言いも言ったりである。そして、今朝(3月29日)の朝日新聞の記事を見て、私はますます驚いてしまった。

〈日本 置き去り懸念〉と題して、金正恩の想定外の訪中で、日本政府内に「日本だけが取り残されるのではないか」という懸念が浮上していることを報じているのだ。「おいおい、あなたが原因でしょ」とツッコミを入れたい向きは多かったのではないか。

とっくに真相は明らかになっている森友問題が今もつづき、ついには、財務省の虚偽公文書作成事件という思いもかけない事件に発展した。連日の野党からの攻撃で、当時、心身ともに疲労困憊であったことを佐川宣寿・前理財局長は証人喚問で証言した。

そんな中で、あの改竄事件は生じた。佐川局長の指示によるものなのか、それとも、佐川局長の国会答弁を見て、慌てて近畿財務局が改竄したのかは、捜査当局による真相解明を待ちたい。

すでに麻生財務相は、G20財務省・中央銀行総裁会議の欠席を余儀なくされた。安倍首相も、国会対応に大わらわで、ティラーソン国務長官やマクマスター大統領補佐官を解任した“裸の王様”トランプ大統領と共に、金正恩のくり出す作戦に、後手にまわらざるを得なくなっている。

いつも書いていることだが、私は「籠池氏のために、安倍首相が国有財産を8億円も値下げさせた」のが本当なら、一刻も早く総理を辞職して欲しいし、議員も辞めていただきたい。

そして、野党とマスコミには、そのことが真実なら、一刻も早く証明して欲しい。私も、さまざまな取材をし、資料にも当たり、現地も調査したが、安倍夫妻の関与で「8億円の値下げ」があった可能性は「ゼロである」としか思えなかった。

1年以上かけて、野党とマスコミは、この「鴻池議員陳情案件」を安倍首相、あるいは昭恵夫人による案件だと言いつづけてきたのだから、早く立証して欲しいし、できない場合は、これだけの国費の浪費をおこなった「責任」をとっていただきたい。

金正恩の訪中で、もう「過去のもの」とまで言われていた朝鮮戦争以来の中朝の“血の友誼(ゆうぎ)”が、あらためてクローズアップされた。安倍首相は、今こそ日本人の「命」を守るために、あらゆる行動を取らなければならない。

日本を狙うスカッドとノドン、およそ1300発。米朝首脳会談が決裂したら、アメリカによる軍事オプション発動の可能性は高まる。一方で、米朝首脳会談が決裂しなければ、7月には、安倍―金正恩会談、すなわち「日朝首脳会談」が開かれる可能性は極めて高い。

それは、私たちの「命」を守り、また、長年苦しんできた拉致被害者を帰国させる“ラストチャンス”になるかもしれない。

しかし、野党とマスコミだけは、昨日も、今日も、「新たな証人喚問」を求めている。国民の「命」を蔑(ないがし)ろにして、ありもしない“事実”を追って、印象操作を、いまも野党とマスコミは、つづけているのである。国民は彼らの行動と姿勢を絶対に「忘れてはならない」と思う。

ネットの世界では、「いい加減にしろ!」という意見が満ち溢れている。日本のこの国会とマスコミの有り様を見て、笑っている国はどこだ、と私は思う。

野党もマスコミも胸に手をあてて、よく考えた方がいい。改竄前文書を読んで、事実はあらためて確認できたはずである。それでも、本当に安倍首相があの土地の値下げに「関与」したと思っているのか。私も声を大にして言う。もう「いい加減にしろ」と。

カテゴリ: 北朝鮮, 政治

このままでいいのか「野党」と「マスコミ」

2018.03.26

日本の野党とマスコミはこのままでいいのだろうか。籠池泰典という詐欺で収監されている御仁に、ここまで国政を壟断(ろうだん)され、そして、その籠池氏と大阪拘置所で面会し、彼が語る中身があたかも「真実」であるかのごとく話す野党の面々を見て、私はそう感じている。

いよいよ佐川宣寿・前財務省理財局長の証人喚問がおこなわれる。どこの世界にも、籠池氏のような人間はいる。著名人の名前を出したり、政治家の名前をひけらかしたり、訴訟を起こすことをチラつかせたり、ありとあらゆることをやって、自己の「願望」を実現すべく“ゴリ押し”する人間だ。

日本は今、「クレーマー国家」と化しつつある。たとえば教育界を混乱させているモンスター・ペアレントと呼ばれるクレーマーたちや、また、飲食店や小売店で、あれやこれやと文句をつけて、従業員や経営者を困惑させている人間……籠池氏はそんな日本の“代表”とも言える人物である。

資金がショートしたまま、学校を建てようと企てたこの人は、国有地を安く取得するために、自分が近づいていった政治家や著名人の名前を出し、嘘を並べ立てた。

こんな御仁のために「安倍首相が国有財産を8億円も値下げさせた」ということが本当なら、私は一刻も早く「総理の職」を辞して欲しいと思う。

しかし、明らかになった財務省の改竄(かいざん)前の公文書を見ても、安倍夫妻が当該の土地を8億円値下げさせるべく動いたことなど、どこにも出てこない。

いや、それどころか、改竄前の文書には、鴻池祥肇、鳩山邦夫、平沼赳夫、北川イッセイという四人の政治家が近畿財務局へ働きかけをおこなっていたことが記述されていた。

安倍昭恵氏に関しては、籠池氏が近畿財務局に対して、「いい土地ですから、前に進めてください」と言ったと、改竄前の公文書には記述されていた。私は呆れてしまった。1年前の証人喚問(2017年3月23日)で、当の籠池氏は昭恵氏のこのときの発言を「いい田んぼができそうですね」と言ったと証言していたからだ。

国会ではそう証言し、しかし、近畿財務局へは、まったく違うことを言っている。つまり、言うことがコロコロ変わるし、自分に都合よくいくらでも言い換える人物なのである。

しかし、野党は、詐欺罪で収監されているこの人物を、あたかも「真実を語っている」かのようにマスコミとタッグを組んで“持ち上げる”のである。

いったい籠池という人物のデタラメに、国民はいつまでつき合わなければいけないのだろうか。それは、安倍政権を倒すためには、どんなことでもやる日本の野党とマスコミに、いつまで国民はつき合わなければいけないのか、という意味である。

何度も書いてきたように、当該の土地は、かつて、大阪空港騒音訴訟の現場だった。伊丹空港の航空進入路の真下で、騒音は大きく、また建物には高さ制限もつくといういわくつきの物件だ。

国は、やっと現われた“買い主”を逃したくなかったし、四人の政治家が絡んだ政治案件でもあった。いま「野田中央公園」になっている隣地は、国が補助金をぶち込んで、実質98・5%もの値下げになっていることでも、この土地の特殊性がわかる。

そんな土地を「値切る」ために、籠池氏はありとあらゆることをおこなった。名前を利用された人間は数多い。安倍首相もそのひとりだ。では、勝手に名前を使われただけで時の総理は、職を辞さなければならないものなのだろうか。敢えて、なにが狂っているのかと言わせてもらえば、私は「野党」と「マスコミ」であろうと思う。

お隣の韓国では、朴槿恵・前大統領につづいて李明博・元大統領も逮捕された。国のトップ、すなわち大統領を務めた人間が逮捕されていくのが、韓国という国である。

そのニュースは、彼(か)の国が完全な“つるし上げ国家”であり、事実の特定よりも、「国民感情がすべて」であることを示している。そこにあるのは、「ファクト(事実)」の積み上げではなく、「懲らしめ」、あるいは「つるし上げ」といった“感情の優先”にほかならない。

日本の国会でも最近、野党が官僚に対して、ヒアリングと称する“つるし上げ”をやっている場面がニュースによく登場する。それは、絶対に年端もいかない子供たちだけには「見せたくない」ものである。

なぜ、野党の議員たちは、ここまで居丈高になれるのか。なんの権利があって、あれだけの物言いを人に対してできるのか、私には不思議でならない。

あんな態度で責められれば、誰だって公文書を改竄してでも、逃れたくなるだろう。あの公文書改竄の真の原因は「野党の皆さん、あなたたちではないのか」とさえ思う。

野党の皆さんに言いたい。「もう1年以上にわたってこれだけ騒いできたのだから、安倍首相が籠池氏のために8億円の値下げをやってあげたことを一刻も早く証明してください」と。

佐川氏の証人喚問で、官邸が真実を隠蔽するために財務省に公文書を改竄するように指示したというのなら、是非、そのことも証明していただきたい。

そして、できなければ、潔く、「1年間も、こんないい加減な話に膨大な国費を浪費してしまい、申し訳ありませんでした」と、野党ははっきり国民に謝るべきだろう。

激動する2018年は、北朝鮮情勢や、貿易問題、南シナ海問題、少子化問題など、多くの重要案件が目白押しだ。これ以上の国政の停滞が許されないことを、いい加減に自覚していただきたい。

カテゴリ: マスコミ, 政治

私案「憲法九条3項」について

2018.02.09

憲法改正論議が国会で高まってきた。国論を二分する重要な問題だけに、私も関心は大きい。特に、昨年5月3日、安倍首相が憲法九条への“加憲”に言及してから、この論議は一気に具体的な話へと移ってきた感がある。

昨年来、私も講演等で憲法の話をする際に、実際の憲法九条「3項」の私案を紹介させてもらう機会が多くなっている。

私は、長い間、憲法改正には「反対」だった。それは、日本が実際の意味での「集団的自衛権」を行使できることになれば、「中国との交戦」が必然になると思うからだ。憲法を改正した上で、日本は、南シナ海で遠くない将来に勃発するであろう「紛争」に顔を突っ込み、あの“核大国”中国と本当に戦争をするのか、という意味である。

少々、説明が必要だろう。いろいろな見方はあろうが、憲法九条のおかげで、日本は集団的自衛権の発動が禁じられてきた。2015年9月、安全保障関連法が成立した時、「日本は集団的自衛権を獲得した」とマスコミは大批判を展開した。しかし、実際には、これは極めて個別的自衛権に近いものであり、一般的な集団的自衛権とは異なる。

欧州で、自由主義圏の「北大西洋条約機構(NATO)」と共産圏の「ワルシャワ条約機構(WTO)」がお互い集団的自衛権の行使を武器に、「均衡」という名の平和を長く維持してきたことは周知のとおりだ。

加盟国のうち一国でも攻撃を受けたら集団で反撃する――寄らば撃つぞ、の気概は集団的自衛権の根本であり、実際に“抑止力”の面で大きな力を発揮してきた。集団的自衛権とは、このことを言う。一方、2015年に安全保障関連法成立で定められた「武力行使新3要件」とは、以下である。

(1)我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険(筆者注・存立危機事態)があること
(2)これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。

安全保障関連法で新たに生み出された「存立危機事態」と、この武力行使の「新3要件」を見れば、NATOにおける集団的自衛権とは「根本的に異なる」ことがわかる。それは、前述のように極めて「個別的自衛権に近いもの」なのである。

では、具体的に尖閣諸島を守るために動いてくれた米艦が他国に攻撃された場合、どうなるだろうか。アメリカの若者が日本のために血を流しても、肝心の日本が知らぬ顔を決め込めば、その時に日米関係は終わる。それを回避するために、つまり、安全保障の隙間(すきま)を埋めるために上記の規定がつくられ、個別的自衛権に極めて近いかたちでの限定的な集団的自衛権が行使できるようになったのである。

しかし、問題はその「先」である。日本が憲法改正によって、つまり九条の改正によって真の意味での「集団的自衛権を獲得」すれば、どうなるだろうか。アメリカは、東アジアの安定のために日本の力を重視している。つまり、アメリカは、拡大路線で“覇権国家”への道をひた走る中国に対抗するため、NATOと同じ条約機構を西太平洋に構築したくて仕方がない。

これを仮にWPTO(西太平洋条約機構West Pacific Ocean Treaty Organization)とでも名づけよう。NATOが集団的自衛権の「抑止力」により、3度目の世界大戦勃発を長く防いできたように、仮称「WPTO」によって、中国の「膨張を防ぐ」というものだ。

中国が1992年2月、領海法を制定発布し、悪名高い“中国の赤い舌”と呼ばれる九段線を東シナ海、南シナ海に引いてから、東アジアは「悪夢の時代」へと突入した。

日本国固有の領土である尖閣諸島をはじめ、フィリピンからわずか230キロしか離れておらず、同国のEEZ(排他的経済水域)内にあるスカボロー礁や、ベトナム・マレーシア・フィリピンが領有を主張するスプラトリー諸島に至るまで、中国は勝手に「自国の領土である」と国境線を引いたのである。

そして、それらの岩礁を強引に埋め立て、基地建設を進めている。周辺国がすでに“我慢の限界”に達していることは言うまでもない。

スカボロー礁で、中国と、米軍の支援を受けたフィリピンとの紛争が生じたら、憲法九条改正後の日本は一体、どうするのか。本来は、国際秩序を守るために中国と対峙し、堂々と米軍と共にフィリピンを助けなくてはならないだろう。しかし、それは、中国との「戦争勃発」を意味する。

日本は、フィリピンや台湾、ベトナムを見捨てるのか。それは、国際的にも、そして、国内的にも大きな議論となるだろう。しかし、焦土の中から戦後日本がスタートした歴史を考えれば、国民は、憲法九条が変わるとしても、「集団的自衛権」を獲得しないかたちでの改正を選択するのではないかと私は想像する。

2月5日、自民党の石破茂元幹事長は大阪市で講演し、憲法九条改正で2項を維持して、自衛隊の根拠規定を明記する安倍晋三首相の案について「受けがいいかもしれないが、私はそれがあるべき姿とは思わない」と持論を展開している。

時事通信の報道によれば、石破氏はこのとき、「集団的自衛権が認められないから、領土・領空・領海を米国に好きに使わせるのはあるべき独立国の姿ではない」と指摘し、「わが国の独立した体制とは何であるか問うていかねばならない」と語ったという。 

私は、逆に石破氏に聞きたい。ならば、集団的自衛権を完全に獲得・行使するために「2項」を削除し、「中国と戦争をしますか」と。私は、石破氏の論に賛成する国民は「少数である」と思量する。憲法九条の「1、2項」はやはり維持すべきだと私は思う。なぜなら、これは「侵略戦争」に対する規定と解すべきものだからだ。

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

この憲法九条の1、2項を「侵略戦争」に対する規定と見なさなければ、日本国民は自分たちの命を守る(自衛する)ことも許されず、いずれかの国が攻めてきた場合、抵抗もできないまま殺されるしかない。そんな国家があるはずもないし、解釈も許されるはずがない。さらに言えば、これでは自衛隊も「違憲」の存在でしかないのである。

自国を守るための戦争以外は絶対に行わない。「ただし、自衛隊によって、日本は自衛権を有し、国の独立は永遠に守り抜く」――そのことを九条に書き加え、自衛隊を完全に「合憲」とする。そのための九条「3項」は以下のとおりだ。

「ただし、日本国民の生命・財産および国土を守るために、自衛力の保有は妨げられない。自衛隊によって、わが国に対するいかなる国の侵略も干渉も許さず、日本は永遠に独立を保持することを宣言する」

前記1、2項にこの3項を続けて読んでいただきたく思う。1、2項で、「侵略戦争」と「集団的自衛権」を否定し、3項で、国民の生命・財産および国土を守るために日本が「自衛権」と「自衛隊」を有していることを明記し、さらには、日本へのいかなる国の「侵略」も「干渉」も許さず、日本が永遠に独立を保持することを宣言するのである。

実質的な集団的自衛権を否定したままであることに、反対の人は多いと思う。しかし、私は、少なくとも、石破氏の言う「2項」を削除した上での改正案が、国民投票で「50パーセント以上」の支持を得られるとは、とても考えられない。

昨年来、私は講演等で、このシンプルな3項案をことあるごとに話している。国民が考える際の“たたき台”のひとつとして考えていただきたく思う。憲法の条項とは、誤解さえ生じないものであれば、シンプルなものがいい。

石破氏が唱えるような「2項削除」による改正ではなく、日本が「侵略戦争」と「集団的自衛権」を否定した上で、「自衛権」と「自衛隊」を有し、いかなる国からの「侵略」も「干渉」も許さないことを明確にすれば、それで十分だと思う。広く、ご批判、ご感想をいただきたく思う。

カテゴリ: 司法, 政治

文在寅が勝利し、安倍首相は敗れ去った

2018.01.25

文在寅大統領が勝利し、安倍首相は敗れた――。これが「すべて」である。政治とは結果がすべてなので、そのことを記しておきたい。

私は、前回のブログで過去の日本の外交姿勢を示して、「なぜ安倍首相は平昌に行ってはならないのか」を書いた。しかし、昨日、大報道されたように安倍首相は「平昌に行く」のだそうだ。

私は「残念」というより、「呆れて」いる。安倍首相本人に対してもそうだが、そこへ持っていった与党の人間や日韓議連の面々に対して、である。

平昌冬季オリンピックの開会式で、にこにこと手を振る安倍首相の姿が、世界中の人々の目に飛び込んでくるのである。「踏まれても 蹴られても ついていきます 下駄の雪」という通り、驚くべき日本の姿が世界に示されるのだ。

これは、安倍首相にとって、いや、日本にとっても“致命的なもの”になるだろう。なぜか。それは、「日本が訴えてきた“北朝鮮への圧力”というのは、この程度のものだったのか」ということを国際社会が「認識」するからである。

鈴木大地・スポーツ庁長官のみならず、一国の首相まで出向くということは、外交の世界では何を表わすのか。

韓国が、窮地に立つ北朝鮮を助けるためにオリンピックを利用して「対話路線」へと大転換をおこなったことは、世界中が知っている。「平昌五輪は、実は平壌五輪ではないのか」と、文在寅大統領のやり方に国際社会が唖然としたのだ。

国連で制裁決議をくり返しおこない、経済的に追い詰めるという国際社会の一致した圧力攻勢によって、ついに北朝鮮はどうしようもなくなってきた。その折も折、当の韓国がこれを一方的に「破棄」したのだ。

これこそ、北朝鮮が延々と韓国の国内工作を展開し、左派の文在寅政権を誕生させた成果と言える。問題は、そのオリンピックを利用して「対話路線」に転換した韓国へ、それに最も怒るべき安倍首相が、のこのこと出掛けていくことである。

「ああ、こりゃダメだ……」と国際社会が思うことは間違いない。トランプ米大統領の尻を叩き、国際社会を「圧力路線」で牽引(けんいん)してきた安倍首相本人が、北朝鮮との“融和五輪”ともいうべき平昌オリンピックに行くのである。

朝鮮半島の「非核化」への道は、日本国民の「生命」がかかった最大命題である。だからこそ、日本人拉致問題も抱える安倍首相があれだけ東奔西走してきた経緯がある。

しかし、これまで安倍首相が主導してきた国際社会の「圧力&制裁路線」は、開会式に出席してにこにこ笑う安倍首相の姿が国際映像に映し出されたときに「終わる」だろう。なんだ、その程度の「覚悟」だったのか、それなら「対話」でもいいじゃないか、と。

国際社会の厳しい受け止め方もわからないまま安倍首相が平昌五輪開会式に出席するなら、国際的な支持はもちろん、国内の支持率も急落するだろう。

安倍時代の終わりの始まりは、平昌五輪開会式から「スタートする」のである。

カテゴリ: 国際, 政治

なぜ安倍首相は平昌五輪に「行くべきではない」のか

2018.01.22

私は、日々、変わっていく“観測報道”に驚いている。韓国で2月9日に始まる平昌冬季五輪開会式への安倍首相の「出席・欠席」問題である。なぜ、日本はこうなんだろう、と。

安倍首相は、平昌五輪開会式に出席してはならない。国会云々ではない。日本の首相たる安倍晋三氏は、日本国民を代表して毅然と「欠席」しなければならない。

五輪を政治利用するのではない。北朝鮮との共同チーム編成など、五輪を政治利用しているのは韓国である。日本は、きちんと選手団も派遣するので、そんな次元には立っていない。現に日本政府の高官は出席する。だが、将来の韓国との真の友好のためにも、安倍首相は行ってはならないだろう。

今年、安倍首相が「欠席の意向」を固めたことを1面トップでスクープしたのは、1月11日付の産経新聞だった。記事にはこう書かれていた。

〈(安倍首相の欠席の理由は)表向きは1月22日に召集予定の通常国会の日程があるためとするが、慰安婦問題の解決を確認した2015年12月の日韓合意をめぐり、文在寅政権が日本政府に新たな措置を求める姿勢を示したことを受けて判断した〉

つまり、首相は、「最終的、かつ不可逆的な解決」で決着した韓国との慰安婦合意が反故(ほご)にされたことで、平昌五輪開会式への出席を取りやめることを決断したのだ。当然の判断だろう。安倍首相欠席の意味を韓国の国民がどう受け止めるのか、それは韓国側の問題である。

しかし、その首相の決断をさまざまな人々が覆そうとしている。日本という国の不思議さは、そこにある。踏まれても、蹴られても、それを乗り越えて「相手にすり寄る姿勢」である。日本外交の基本は、「どこまでも ついていきます 下駄の雪」という都々逸(どどいつ)に歌われた姿勢に最もあらわれている。

現在の安倍政権を除き、日本は、ひたすら「中国と韓国」の意向に寄り添ってきた。どれだけいわれなき批判を受けようと、国旗を焼かれようと、史実に基づかない非難を受けようと、ただ、黙って「友好」のために口を噤(つぐ)んできた。

中国の場合でいえば、中国が天安門事件(1989年の六・四事件)で世界中から制裁を受け、孤立を深めていたとき、これに「手を差し伸べ」て、「立ち直らせた」のは日本である。

中国は、国際社会からの非難がつづく中、1992年2月に、悪名高きあの「領海法」を一方的に制定し、中国の赤い舌と呼ばれる「九段線」を設定した。

これによって、東シナ海、南シナ海のほとんどの島嶼(とうしょ)を「自国のものである」と言い始めたのだ。もちろん、尖閣諸島(中国名:釣魚島)も、このときから「中国領」とされた。

しかし、日本はこの時、国際社会が唖然とする信じられない行動に出た。当時、駐中国大使だった橋本恕氏が中国の国際的孤立を打破するために精力的に動き、多くの日本の親中派の政治家・官僚を動かし、領海法の制定発布8か月後の1992年10月に、なんと、「天皇訪中」を実現するのである。

当時の宮沢喜一首相、加藤紘一官房長官、小和田恒外務事務次官、橋本恕・駐中国大使の罪は測り知れない。日本の領土である尖閣諸島まで「自分たちのもの」と主張し始めた中国に、いわば国際社会復帰への“お墨付き”を与えたのだ。

中国の民主活動家たち、いや、中国を脱出し、世界中で人権活動をおこなっている中国の人々が、今も「日本だけは許せない」と憤る理由はそこにある。そして、問題は、これによって果たして中国と日本は真の友好関係を結べただろうか、ということである。

「特定アジア」という言葉がある。反日感情が極めて強い中国と韓国、そして北朝鮮を指す言葉である。「特亜三か国」とも言う。特に、中国と韓国は、いずれも慰安婦の「強制連行」という史実に基づかない虚偽をもとに日本と日本人の名誉を貶めつづけている。

「女子挺身隊」を慰安婦と思い込んで報道した朝日新聞と、それを鵜呑みにした韓国の人々が、国家総動員体制下で軍需工場等で働いた14歳以上の「女子挺身隊」を慰安婦と混同し、世界中に「少女像」を建てまくっているのは周知のとおりである。これは「あり得ない喜劇」として、いつか国際社会に認識される日も来るだろう。

しかし、相手がどんなことをやろうと、日本は安倍政権が誕生するまで“微笑外交”をつづけてきた。今回もまた、平昌五輪開会式への安倍首相の「出席」を求める声が政界とマスコミの間に澎湃(ほうはい)と湧き起こっている。

日韓議員連盟という、うわべの「友好」と「利権」に群がった超党派の議員懇談会のメンバーが必死に安倍首相の出席を促しているのである。彼らこそ、韓国との「通貨スワップ」を復活させろという主張をおこなっている元凶でもある。

中国や韓国に日本が毅然とした姿勢を示したことは殆どなく、そのために「日本には強く出ても大丈夫」と舐められ、「真の友好」から逆に遠ざかって来た“愚”が、またくり返されるのだろうか。

そんなことは「二度とくり返さない」、そして、日本は毅然として「是は是、非は非」という姿勢を貫くことを国際社会に示すために、安倍首相は、絶対に「平昌に行ってはならない」のである。

カテゴリ: 国際, 政治

「言論機関の自殺」へと踏み出した朝日新聞

2017.12.27

「はあ?」。思わずそんな素っ頓狂な声をあげてしまった。昨日、文芸評論家の小川榮太郎氏が、朝日新聞から謝罪広告の掲載と計5千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こされたというニュースを聞いたときである。

日本を代表する言論機関である新聞社が、自社を批判する書籍を発行した人物を名誉毀損で訴えたのだ。「言論」に対して「言論」で闘うのではなく、「言論」には「法廷で」というわけである。

これは、「自分への批判は許さない」という態度を朝日新聞が明確にしたもので、「言論の自由」に対する完全なる否定であることは疑いない。欧米では、この手の裁判は、「スラップ訴訟(Strategic lawsuit against public participation)」として軽蔑される。いわゆる「批判的言論威嚇目的訴訟」である。

大企業など資金豊富な組織体が、一個人を相手取って、威圧、あるいは恫喝といった報復的な目的で起こすものがそれだ。今回は、小川氏個人だけでなく、出版元の飛鳥新社も訴えているから、純粋な「大企業vs個人」ではないが、それに“近いもの”とは言えるだろう。

しかも、朝日新聞は、言論を持たない大企業ではなく、前述のように「言論機関そのもの」である。言論で挑んできた相手に、司法の判断を仰ぐというやり方は、日頃、「言論の自由」に則って、さまざまな報道をおこなっている新聞には、許されざる行為である。

今年10月に出された小川氏の著書『徹底検証「森友・加計事件」 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』(飛鳥新社)は、非常に興味深く読ませてもらった。朝日が5月17日付一面トップで文科省内部文書の「総理の意向」記事で加計問題をブチ上げたとき、そこで使われた文書の写真が黒く「加工」され、朝日にとって“都合の悪い部分”が読めなくなっていたのである。

このことは、私自身も、何度も指摘しているが、これらのほかにも、マスコミの恣意的な報道の数々を当欄の7月30日付でも、詳しく書かせてもらった。小川氏の評論は、細かい分析に基づいており、モリカケ報道に関心がある人間にとって、間違いなく“必読の書”である。

朝日は、この本が「言論の自由の限度を超えている」とコメントして訴訟を正当化しているが、実際に、ベストセラーになっているこの本を読んだ多くの国民は、そう思わないだろう。

私は、朝日新聞の今回の行動は、裁判官との「密接な関係」なくしてはありえないものだったと思う。裁判官と報道機関とは、想像以上に密接な関係にあることをご存じだろうか。

司法記者クラブと裁判官との間には、折々に「懇親会」が持たれており、グラスを片手に、さまざまな問題について、話し合う関係にある。そこで記者は、裁判の進行具合や判決について、感触を得る。なにより「密接な人間関係」を構築していくのである。

有力政治家との日頃の関係によって、新聞社が一等地に政府から破格の値段で土地払い下げを受け、それが今の新聞社の経営を支えていることは広く知られている。朝日新聞などは、大阪の中之島にツインタワーを完成させ、いまや不動産事業で屋台骨を支えようとしているほどである。

司法とも密接な関係を維持してきた朝日新聞は、選択型実務修習先として司法修習生を積極的に受け入れ、裁判官の社会見学や実務研修に対しても、大いに協力してきた歴史がある。

つまり、裁判官にとって、新聞とは「朝日新聞」のことであり、これに敵対する勢力は、イコール自分たちの「敵」でもあるのだ。

私のデビュー作は、『裁判官が日本を滅ぼす』(新潮社)である(※その後、再編集して現在は『新版 裁判官が日本を滅ぼす』WAC)。

その中でも指摘させてもらったが、社会常識に欠け、事実認定力が劣る日本の官僚裁判官たちは、「権威の序列化」が得意な人種だ。特に民事訴訟の場合だが、訴訟の勝敗を「どっちに、より権威があるか」ということをもとに判断する傾向が強い。

「一個人」と「朝日新聞」ということになれば、裁判官はどっちに軍配を上げるか。いうまでもなく朝日新聞である。個別の事情に踏み込まず、「権威の序列化」に基づき、判決を下すからだ。

これらをバックに、朝日新聞が大いに勇気が湧いた判決が、さる10月24日に最高裁であった。朝日新聞のこれまでの慰安婦報道で「知る権利を侵害された」として、千葉県や山梨県に住む28人が朝日新聞社に1人1万円の損害賠償を求めた「慰安婦報道訴訟」で、朝日新聞の勝訴が最高裁第三小法廷(林景一裁判長)で確定したのだ。

3つの団体から起こされている訴訟は、いずれも朝日の勝訴が続いている。私は、当初から裁判官との「密接な関係」と「権威の序列化」をキーワードにして、住民側の訴えは通らないと予想していた。

周知のように、吉田清治証言や女子挺身隊との混同、あるいは証拠なき強制連行など、朝日の慰安婦報道が現在のように世界中に慰安婦像が建ち、「日本=姓奴隷国家」というレッテルを貼られる元になっている。しかし、そのことが、どれほど明白であっても、裁判官と朝日新聞との“岩盤の関係”によって、ハネ返されているのが実情なのである。

「司法に持ち込んだら何とかなる」――言論機関でありながら、朝日新聞はそんなことを考えているのではないだろうか。それが「言論機関としての自殺」であることを社内で説く人間がいないことが朝日新聞の病巣の深さを物語っている。ジャーナリズムの世界にいる人間として、私にはそのことが信じられない。

カテゴリ: マスコミ, 司法

パンダを見るときは「チベット」に思いを馳せたい

2017.12.19

上野動物園のジャイアントパンダの赤ちゃん「シャンシャン」の一般公開が本日から始まった。初日は2時間半という限定された観覧時間で、抽選に当たった1397人が訪れた。1人あたり、およそ「2分」という制限つきの観覧だったそうだ。

私は、1972年10月、日中国交正常化の記念として日本にやってきたランランとカンカンを思い出す。日本中、パンダブームとなったあのとき、上野動物園には、連日、観覧者が殺到した。

日本人の中国への好感度は90%をはるかに超え、今のような、逆に90%の日本人が中国を「好きではない」と答える時代がまさか来るとは思わなかった。

かわいいシャンシャンの姿を見ると、誰もが心を癒される。元気に育って欲しいと思う。しかし、同時に、どうしても複雑な思いがしてくる。私は、パンダの愛くるしい姿をみるときは、必ず「チベット」のことを考えるようにしているからだ。

パンダは希少動物であり、中国にとって貴重な外交手段だった。日本との国交が正常化された45年前、「パンダ外交」という言葉を知った私たちは、最もその影響を受けた国民かもしれないと思う。

しかし、そのパンダ外交は、かつてのものとはまったく異なったものとなっている。友好の証(あかし)として無償譲渡されていたパンダは、1981年から「有料」での“貸し出しビジネス”の対象となった。

2頭で年間1億円のレンタル料である。ひと月およそ「800万円」のレンタル料は、決して安い金額ではない。シャンシャンの両親であるリーリー(12歳)とシンシン(12歳)にも、レンタル料が支払われている。しかも、生まれたシャンシャンは、2歳になったときに中国に返還される契約になっている。

やがてシャンシャンと別れなければならない運命が待っていることに、パンダファンは、胸が張り裂ける思いだろう。

それと共に前述の通り、私は、パンダを見るときに、どうしても「チベット」のことを考えてしまう。もともと、パンダの原種は、チベットや現在のミャンマー、あるいは、ビルマからベトナムといった広範囲に生息していたが、やがて、東チベットを中心とする範囲に生息域が狭まってきた歴史がある。

1949年10月、中華人民共和国は建国と同時に、「外国の帝国主義者の手からチベットを解放する」と宣言した。しかし、そのとき、チベットにいた外国人は、イギリス人宣教師ら、たった「6人」だった。彼らが、チベット人600万人を支配している「帝国主義者」であるはずもなかった。

だが、4万人の人民解放軍は翌50年10月、チベットへの全面侵攻を開始した。チベット軍8000人の抵抗も虚しく、東チベットのチャムドが占領され、51年には、首都・ラサもまた占領された。そして、55年からは、東チベットが青海省と四川省に次々と「組み入れられていく」のである。

パンダにとっては与(あずか)り知らないことだが、中国のチベット侵攻によって、パンダは中国共産党の“所有物”となったのである。

この間、チベットは「SOS」を発しつづけたが、当時の国際社会は、これを助けることができなかった。59年3月には、チベット全体に拡がった民衆の抗議行動に激しい弾圧が加えられ、法王であるダライ・ラマ14世が住むノルブリンカ宮殿にも人民解放軍の砲撃がおこなわれた。

ノルブリンカ宮殿は無残な姿となり、民衆の遺体が積み重なった。しかし、ダライ・ラマ14世は、直前に夜陰にまぎれて宮殿を脱出し、インドへ亡命。世界に向かって中国の非道を訴える活動に入るのである。

ダライ・ラマ14世の亡命生活は、以来58年となり、現在は82歳の高齢となっている。一方、チベットは、寺院、慣習、文化……等々が徹底破壊され、50年代の5度の虐殺事件、あるいは文化大革命期の大弾圧など、悲劇の歴史を歩んでいる。

今もくり返されているチベット人の抗議の焼身自殺などは、中国による弾圧の凄まじさを国際社会に訴えるためであることは、論を俟(ま)たない。

そんなチベットの希少動物がパンダだった。その意味では、パンダの歴史は哀しみに満ちている。前述のように、かつてのパンダの生息域は現在よりも遥かに広かった。しかし、今は四川省などに組み込まれている、もとのチベット東部が主たる生息域となり、やがて、中国の外交手段に使用されていく「運命」を辿るのである。

中国がおこなう「パンダ外交」の意味を知った上で、私たちは、シャンシャンの愛くるしさを見るべきだと思う。少なくとも、ノーベル平和賞受賞者でもあるダライ・ラマ14世が訴える「中国による民族浄化」の実態と、今もつづく「人権弾圧」の歴史に、思いを馳せたいものである。

カテゴリ: チベット, 中国

ここまで白鵬の増長を許したのは誰か

2017.12.01

果たして、ここまで白鵬の増長を許したのは誰なのか。目に余る横綱白鵬の言動を見て、私はそんなことを考えている。それほど読売新聞が昨日スクープした内容は衝撃的だった。

〈日本相撲協会が30日午後に東京・両国国技館で開く理事会で、横綱白鵬関(32)を注意することが分かった。

関係者によると、元横綱日馬富士の暴行問題で28日に八角理事長(元横綱北勝海)が再発防止に向けて講話した際、白鵬関は「貴乃花巡業部長のもとでは冬巡業に参加できない」などと発言し、理事長から力士会などを通して要望するようたしなめられていた。

 相撲協会は、白鵬関が九州場所千秋楽の優勝インタビューで観客に万歳を要求したことなどについても経緯を聞く方針だ。〉

わずか244字に過ぎないこの記事が伝える意味は重い。理事長が今回の事件を受けて再発防止のために力士たちに対して「講話」という名の「訓示」を与えていた際、力士の範を示すべき横綱が、こともあろうに「貴乃花巡業部長のもとでは冬巡業に参加できない」という“ボイコット宣言”をやってのけたというのである。

正直、唖然とした。大相撲も舐められたものだ、と思う。日馬富士引退に至った「事件現場」にいて、これを止めることができなかった本人が、そのことを反省するどころか、開き直って、逆に巡業部長である貴乃花親方を「糾弾した」のだ。すさまじい下剋上である。

しかも、協会トップの八角理事長は、この横綱の反乱に対して「なにを言うか。おまえは自分が言っていることの意味がわかっているのか!」と一喝もせず、「力士会などを通して要望するように」と諭したというのだ。

今回の日馬富士事件の原因がどこにあったのか、この一事をもってその根本が想像できるのではないだろうか。

私は、10年前に起こった時津風部屋の新弟子リンチ死事件(2007年6月)を思い起こす。親方も一緒になって新弟子の少年にリンチを加えて死亡させた出来事は、傷だらけの息子の遺体に不審を抱いた家族が大学病院に解剖を依頼したところから刑事事件へと発展していった。

金属バットで殴り殺された息子の姿は見るも無残なありさまで、「稽古の後に急に亡くなった」という部屋側の説明を鵜呑みにせず、少年の故郷の新潟大学病院に遺体が運び込まれて「初めて明るみに出た」ものだった。

今回も、貴乃花親方が警察に被害届を出さなければ、事件が隠蔽された可能性は大きい。貴ノ岩がモンゴルの先輩たちに「おまえ、わかっているだろうな」とプレッシャーを受け、さまざまなルートから口封じのためのアプローチを受ければ、「どうなるかわからなかった」からだ。

協会の隠蔽体質を知り尽くす貴乃花親方が、鳥取県警に被害届を出して、「正当な裁き」(貴乃花親方)を求めなければ、事件の真相は明らかにならなかったかもしれない。

白鵬が感じたように「お前(貴乃花親方)がいらんことをしなければ、こんなこと(日馬富士の引退)にはならなかったんだよ」というのは、事件を隠蔽したい側から見れば、当然の怒りだろう。

前回のブログでも指摘したように、今回の出来事は、モンゴル互助会の存在を抜きには語れない。真剣勝負の系譜である貴乃花部屋の力士は、ガチンコ相撲が基本で、そのために貴ノ岩は、モンゴル力士たちがおこなう飲み会に参加することさえ許されていなかった。

鳥取城北高校出身の貴ノ岩が、同校相撲部の総監督が経営するちゃんこ屋でおこなわれた親睦会に顔を出したことが事件の発端だったことは報道されている通りだ。しかし、普段、飲み会にも参加せず、自分たちにガチンコ相撲を挑んでくる貴ノ岩のことを白鵬や日馬富士が気にいらなかったことは容易に想像がつく。

29日の引退記者会見で日馬富士が貴ノ岩への謝罪の言葉を一切、口にしなかったことが私には印象的だった。あの暴行が「礼儀や礼節を知らない」貴ノ岩への指導だったという言い分に私は違和感を感じた。本当にそうなのか、と。

また、モンゴル力士の草分けである元小結の旭鷲山が、貴ノ岩の衝撃的なあの傷口の写真(医療用ホッチキスで9針縫われた写真)を公開しなければ、日馬富士はあのまま引退を決断しなかった可能性もあっただろう。

旭鷲山は、昨日、モンゴルの大統領補佐官の職を解任されたというから、真実を明らかにすることが、いかに勇気が要ることかを教えてくれる。

そんな強固な絆を誇るモンゴル力士たちの“常識”からすれば、今年初場所で、結果的に稀勢の里の「優勝」と「横綱昇進」をアシストすることになる貴ノ岩の白鵬に対する14日目の大金星は「あり得ないこと」だっただろう。

日馬富士の引退会見の席上、自分の指導の至らなさを反省するでもなく、涙を流し、そのうえ、マスコミの気に入らない質問をいちいち封じ込む傲慢な態度を示した伊勢ケ浜親方の姿もまた、私は、今回の事件の本質を暗示していると感じる。

「貴乃花巡業部長のもとでは冬巡業に参加できない」と言ってのけた白鵬をその場で一喝できなかった八角理事長や、弟子を指導できず、貴ノ岩や貴乃花親方への謝罪もなく、恨みに固まった伊勢ケ浜親方と日馬富士師弟の会見での姿は、「ああ、やっぱり……」という失望を多くの相撲ファンにもたらしたのではないだろうか。

そして、増長させるだけ増長させ、何かが起こった時には隠蔽だけを考える相撲協会の体質こそ、こんな事件がくり返される真の原因である気がする。野球賭博から始まって八百長相撲が発覚し、場所自体が中止になったあの痛恨の出来事から、まだ「6年半」しか経っていないのである。

白鵬は、九州場所11日目に嘉風に敗れた際に、「立ち合い不成立」をアピールし、1分以上も土俵に戻らず不服の態度を示し、ファンを呆れさせた。さらに、千秋楽の優勝インタビューで「場所後に真実を話し、膿(うみ)を出し切って、日馬富士関と貴ノ岩関を、再びこの土俵に上げてあげたいと思います」と言ってのけ、万歳三唱までおこなった。

加害者である日馬富士と、被害者である貴ノ岩がなぜ「同列」にされなければならないのか。「膿を出し切る」という「膿」とは何なのか。なぜ、これほど相撲界が窮地に追い込まれている時に「万歳」を観客に促すことができるのか。

私には、巡業ボイコット発言も加えて、白鵬がなぜここまで増長しているのか、ということがわからない。協会はなぜ、ここまで「白鵬の増長を許しているのか」ということだ。

実は、何かあるたびに協会は白鵬に「厳重注意」を与えている。私が知るだけでも、2008年夏場所での勝負が決したあとの朝青龍との睨み合い、2009年夏場所2日前のゴルフ、2011年技量審査場所千秋楽夜に繁華街を歩くTシャツ姿が週刊誌に報じられた件、さらには2016年春場所でダメ押しで相手力士を吹っ飛ばして審判を骨折させた事件など、少なくとも4件はある。

横綱への「厳重注意」とは、それほど「軽い」ものなのだろうか。少なくとも、白鵬は「厳重注意」を何度与えられようが、反省しているようすはまるでない。そして、ついに現役力士の身でありながら、巡業部長への糾弾まで公(おおやけ)の席でやってのけるまでに至ったのである。

一般人への暴行事件で引退を選ばざるを得なかった朝青龍事件の時も、「なぜ師匠は弟子の行動を律することができないのか」「相撲界の師弟関係とはその程度のものか」と思ったものだが、その“やりたい放題”の体質は、まるで変わっていない。

私は、モンゴル勢の相撲が好きである。日本人力士が失ってしまった、あの溢れんばかりの闘志が好きなのだ。それだけに、くり返される不祥事が残念でならない。モンゴル勢を応援して来たファンの一人としても、一連の出来事は無念である。

相撲協会は、興行を主たる事業とする興行主である。収益を挙げなければならないし、さまざまな制約もあるだろう。しかし、同時に日本の伝統の継承という大きな役割を果たすべき公益財団法人でもある。

何度、不祥事を起こしても改まらず、力士に範を示すべき現役の横綱が、公然と反乱の言動をすることができるような「体質」を続けるなら、税金をはじめ、さまざまな優遇措置を有する「公益財団法人」の地位を返上し、私企業として出直すことを強く提言したい。

カテゴリ: 相撲

このまま“モンゴル互助会”問題はウヤムヤになるのか

2017.11.29

日馬富士(33)=伊勢ケ浜部屋=が本日(11月29日)午前、日本相撲協会に引退届を提出し、受理された。巡業中の10月25日に鳥取市内で同じモンゴル出身の幕内貴ノ岩(27)=貴乃花部屋=に暴行したことが明らかになった11月14日から2週間余の決着劇である。

ついに「この日が来た」という思いと、問題の本質である「モンゴル互助会」問題は、結局、ウヤムヤのまま終わるのか、という二つの思いが私の中では交錯している。

27日にあった横綱審議委員会では、協会に対して、日馬富士に厳しい処分をすることを求めており、会見に応じた横綱審議委員会の委員長である北村正任・毎日新聞社名誉顧問が示した厳しい姿勢で、日馬富士もある程度、覚悟はしていただろう。

しかし、決定打になったのは、ついに明らかになった貴ノ岩のケガの状況である。モンゴル力士の草分けである元小結・旭鷲山が昨日公開した貴ノ岩のケガの写真は衝撃的だった。「ああ、これはひどい」「日馬富士もこれではこらえきれまい」―医療用ホッチキスで止められた10針の痛々しい頭部裂傷は多くの人にそう思わせた。

そして、本日、日馬富士はさっそく引退届を提出した。もはや「致しかたなし」というほかない。しかし、同時に「これで事件の本質が隠されてしまうのか」ということが気にかかる。

それこそ「モンゴル互助会問題」にほかならない。事件の詳細が次第に明らかになってきた時、多くの人はこんな疑問を持たなかっただろうか。モンゴル力士の間では、これだけ有無を言わせぬ「上下関係」があって、「果たして本場所でガチンコ相撲をとることは可能なのだろうか」という根本的な疑問である。

なぜ、あそこまで貴乃花親方は頑なだったのか。貴乃花親方は、なぜ、これまで貴ノ岩をモンゴル力士の飲み会に参加させなかったのか、ということだ。

記録を調べてみたら一目瞭然だが、モンゴル力士になって考えてみたら、すぐにわかることがある。たとえば白鵬が優勝街道をひた走っている時、もし、自分が白鵬を破って優勝争いをしている日本人力士を「アシスト」するようなことがあれば、どうなるだろうか。

そんなことが果たして許されるだろうか。飲み会で、携帯電話をいじっていたら、数十発殴られ、頭をなにかで叩かれ、9針も縫うようなケガをさせられるのである。

いや、そもそもガチンコ相撲の貴乃花部屋に所属する貴ノ岩のことを日馬富士や先輩力士たちは、気に入らなかったのではないか。その体質こそが、貴乃花親方の怒りであり、今回の暴行事件で膿を出そうともせず、臭いものに蓋をしようとする相撲協会への貴乃花親方の“ガチンコ相撲”だったのではないか、ということだ。

この問題がここまで大きくなった本質こそ、そこにあるような気がしてならない。八百長相撲が発覚し、場所自体が中止になった2011年春場所から、すでに6年半。また、時津風部屋で親方も一緒になったリンチで新弟子の少年が死亡する事件が発生してから10年余が経つ。

果たして、八百長やリンチは根絶したのだろうか。相撲ファンの一人として、長年、大相撲を見つづけた私は、とても、首を縦にふることはできない。貴乃花部屋には、「10の訓示」がある。その冒頭の二つが以下である。

一、力士道に忠実に向き合い日々の精進努力を絶やさぬ事
二、人の道に外れないよう自身を鍛え勝負に備える事

これは、オールドファンで、二子山勢を知る好角家なら、すぐにわかるものだ。理事長も務めたかつての二子山親方(元横綱若乃花。昭和30年代に“栃若時代”を築いた名横綱)から伝わるガチンコ相撲、すなわち“真剣勝負の系譜”ならではの、いわば二子山勢の「家訓」でもある。

大相撲が、本来の真剣勝負の系譜に戻ることができるのか。日馬富士引退でも幕を引いてはいけない「本質」がそこにある。

カテゴリ: 相撲

日本を襲う悪意に満ちた「虚偽の史実」

2017.11.25

悪意に満ちた「虚偽の史実」に基づいて、日本人が貶められるという不幸な事態が、全世界に広がっている。その勢いは留まるところを知らない。

「してやったり」と、これをほくそ笑んでいる人たちに対して、私は怒りを禁じ得ない。2017年11月24日は、私たち日本人にとって、“あること”を肝に銘じる日にしなければならないと思う。

「姉妹都市の信頼関係は崩壊した」「民間人同士の交流は続けてもらったらいいが、税金は投入しない」―大阪市の吉村洋文市長は24日、そう宣言した。

米サンフランシスコ市が慰安婦像の寄贈受け入れを承認したことを受け、同市との姉妹都市関係を解消することを公表したのである。これによって、大阪市とサンフランシスコ市との実に「60年」にわたる友好関係は「途切れた」のだ。

同じ日、韓国国会の本会議では、毎年「8月14日」を元慰安婦を讃える「法定記念日」とする法案が賛成多数(賛成205、反対0、棄権8)で可決された。

これによって、韓国では来年から8月14日が「日本軍慰安婦被害者を讃える日」になるのだそうだ。韓国では、あの貧困の時代に春を鬻(ひさ)ぐ商売に就いていた女性たちを「国家の英雄」として讃えていくのである。

同法には、「慰安婦問題を国内外に伝え、記憶するための行事をおこなうこと」と、国や自治体に「記念日の趣旨に沿った行事や広報をおこなう努力」が義務づけられている。つまり、これから韓国では、あの虚偽の史実を、国を挙げて流布することが「法的に義務づけられた」のである。

戦後72年。私は、日本を包囲殲滅する意図によって「歴史戦」を仕掛けて来る韓国や中国と、どう戦うかということを国民全員が考えなければならない「時」が来たと思う。

この虚偽を世界にバラまいたのは、周知のとおり、朝日新聞である。同紙は、慰安婦を日本軍、あるいは日本の官憲によって無理やり「強制連行」されたものだと喧伝し、世界中に広めた。同紙の一連の報道によって、韓国の世論は沸騰し、慰安婦強制連行問題は、日本を窮地に追い込む重要な“アイテム”となったのである。

あらためて言うまでもないが、婦女子の強制連行とは、「拉致」「監禁」「強姦」のことである。意思に反して連行されたのなら「拉致」であり、無理やり慰安所に閉じ込められたのなら「監禁」であり、望まない性交渉を強いられたのなら「強姦」だからだ。

それを日本が「国家としておこなった」という虚偽を、朝日新聞は長期にわたって書きつづけた。もちろん、現在、韓国が主張し、世界中に広まっている日本による「従軍慰安婦=性奴隷(sex slaves)」という論拠は、朝日新聞の記事に根ざしている。では、それのどこが「虚偽の史実」なのか、簡単におさらいしておこう。

慰安婦とは、あの貧困の時代に、主に「軍人相手」に性を売っていた女性たちのことである。さまざまな事情で身を売らなければならなかった女性たちは、当時、たくさんいた。今からは考えられないが、国家が「公娼制度」として、そういう商売を認めていた時代のことである。

女性が身を売る場所は、世界中、あらゆるところに存在した。欧米も、アジアも、変わりはない。そんな商売に身を投じ、幸せ薄い生涯を送った女性が多かったことは、歴史に銘記しなければならない「事実」と言える。女性の人権問題として大いに議論していかなければならないだろう。

しかし、朝日新聞が火をつけた「慰安婦問題」とは、先に述べたように日本軍、あるいは官憲が、女性たちを強制的に連行し、無理やり、慰安婦にしていったという「国家の犯罪」である。

自称・山口県労務報国会下関支部動員部長の吉田清治の虚偽の証言を検証もないまま長期間、記事にしつづけ(のちに取り消す)、また、1991年8月11日には、「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」という見出しの下、元慰安婦が「女子挺身隊の名で戦場に連行された」と報道し、1992年1月11日には、宮沢喜一首相の訪韓に合わせて慰安婦問題を1面トップで報じ、その解説記事の中で、挺身隊の名で強制連行された女性たちの数を「8万とも20万ともいわれる」と記述した。

これらの報道を受けて、韓国の世論は沸騰、「国民学校の生徒まで慰安婦にさせた日帝の蛮行」と報道され、訪韓した宮沢首相が首脳会談で8回も謝罪させられる前代未聞の首脳会談がくり広げられた。

韓国の国民が以後、「女子挺身隊=慰安婦」を信じ込み、その後、あの慰安婦像設置を各地で続け、ついに昨日、慰安婦を讃える法廷記念日の制定にまで至ったのである。

しかし、女子挺身隊とは、戦時中の国家総動員法に基づく勤労奉仕団体のひとつで、主に軍需工場等で働いた女性たちのことである。もとより、慰安婦とは何の関係もなく、そのことは日本では常識だ。

では、慰安婦になったのは、どんな女性たちだったのだろうか。朝鮮の新聞には、当時、大々的に業者による「慰安婦募集」の広告が打たれ、彼女たちは当時の兵隊(上等兵)の給料の30倍という「月収300圓」を保証されて慰安婦となっていった。

今の金額で換算すれば、兵隊の給料を少なめに10万円としても、慰安婦は月給で「300万円」、年収では「3600万円」という途方もない収入だったことになる。慰安婦に多くの女性が殺到したことこそ、史実である。冗談ではなく、当地の方面司令官より慰安婦の方が「給与が高かった」というエピソードは、あちこちから伝わっている。

なかには親に売り飛ばされた女性もいたに違いない。彼女たちの不幸な身の上には、大いに同情しなければならないだろう。しかし、大金と引きかえに、軍を相手に独占的に商売する「P屋」と呼ばれた売春宿で働いた彼女たちは、少なくとも「強制連行」された女性たちではない。

日本軍や官憲が、婦女子を強制連行する必要もなく、また、そうした史実もなく、韓国の国民が思い込んでいる「強制的に慰安婦にさせられた国民学校の女子生徒たち」など、どこにも「存在しなかった」のである。

無理やり日本という国家の「犯罪」にしたかった朝日新聞の記事が韓国の国民に誤解を生じさせ、それを膨らませ、ついには、60年もつづいた姉妹都市も途絶させられるような事態に至ったことに心を痛める人は多いだろう。

2014年8月に慰安婦検証記事を掲げながら、いまだに謝罪も、英字紙への慰安婦取り消し記事や謝罪広告の掲載もおこなわず、虚偽の史実が全世界に広まることを放置しつづける朝日新聞。世界の人々が日本人を誤解し、これから国際社会へ雄飛しようとする若者の大きな障壁になっていることを朝日はどう考えているのか、と思う。

この虚偽をばら撒き、国際社会に対して日本人を貶める行為をおこなった朝日新聞には、同じジャーナリズムの世界に生きる人間として、謝罪を伴った再度の「検証記事」の掲載を求めたいと思う。

慰安婦という薄幸な女性たちが存在したことを忘れず、しかし、日本の一新聞社が、その史実をねじ曲げ、日本の国家・国民に想像もできないような天文学的な額の損害を与えたことを、われわれ日本人は心に銘記しなければならない。

そして、2017年11月24日は、悪意をもった国際的な歴史戦に対して、「史実」をもとに敢然と反論していく日本人の「決意を新たにする日」にしたいと、心から願う。

カテゴリ: 国際, 歴史

若者は「現実政党」しか信じなかった

2017.10.23

なぜ自民党は勝利したのか。あれほどマスコミが「安倍糾弾キャンペーン」をくり広げながら、結果は自民党が単独で絶対安定多数の議席を獲得し、公明党を加えた与党が全議席の「3分の2」を超えるという圧勝で終わった。

安倍政権はこれで、2012年12月に民主党から政権を奪取して以来、国政選挙で実に「5連勝」を記録した。テレビの開票速報を見ているとTBSやテレビ朝日を筆頭に、自民圧勝という事実を前に、悔しくてたまらないキャスターたちの顔が並んだ。それを見ながら、「ああ、相変わらずこのヒトたちは、なんにもわかっちゃいない」と、あらためて思った向きは少なくないだろう。

テレビや新聞だけに情報を頼る、いわゆる“情報弱者”たちを彼らは相手にしている。だが、情報弱者たちの数は、時を経るごとに減っている。つまり、テレビと新聞の影響力は、インターネットの登場以来、「急落」しているのである。そのことを認めたくない既存メディアは、自分たちが「世論を左右している」と未だに思い込んでいるのだ。

テレビや新聞が、確かな情報を真摯(しんし)に国民に伝えつづけていたら、これほどの「影響力の低下」はなかっただろう。しかし、多くの国民がネットで幅広く情報を得ることができるこの時代に、ファクト(事実)に基づかない偏った報道をつづける既存メディアは、さすがに国民に「ソッポを向かれてしまった」のだと思う。

今年、気の遠くなるような時間を費やして国会で延々と取り上げられた森友・加計問題は、典型的なフェイク・ニュースに基づくものだった。あの豊中市の当該の土地は、かつて「大阪空港騒音訴訟」のまさに現場であり、そのため、どうしてもここを売却したくて仕方がない国が、周辺の土地を森友以上に値下げして手放していた事実がネット等では詳しく報じられた。

しかし、安倍政権に有利になるような情報は、テレビや新聞が一切、報じることはなかった。籠池氏と安倍首相が、実は一度も会ったこともなく、あの「お友だちへの国有財産の8億円値下げ」などということが、いかに事実に基づかない“印象操作”によるものだったかは、ネットでくり返し報じられていた。

加計学園問題もひどかった。5月17日付の朝日新聞の一面トップ記事から始まったこの問題は、その記事に出ていた文科省の内部文書なるものの写真が“加工”されていたことが判明するなど、多くの問題点がネット上で指摘された。

具体性もなく、観念論ばかりで、印象操作を必死でおこなったテレビや新聞は、当事者である加戸守行・元愛媛県知事の国会証言も報じず、国家戦略特区諮問委員会のメンバーたちの証言や記者会見もカットした。そんな偏向報道をもとに「モリ・カケ」を延々と問題化してきたマスコミや野党に対して、有権者はとっくに「愛想を尽かしていた」のである。

残念だったのは、“現実政党”になるはずだった小池新党(希望の党)が「第二民進党」となり、現実から「自ら遠去かっていった」ことである。「一院制」やら、「原発ゼロ」やら、思いつきとしか思えない耳ざわりのいい政策を打ち出した末に、財源問題で「企業の内部留保への課税」まで言い出してしまった。

私の周囲には、「こりゃ、だめだ」と思わず笑いだす人もいた。それはそうだ。自分の身に置きかえて考えてみたらいい。所得税も、消費税も負担している自分が、そのうえ、貯金にまで「課税」されたら、どうなるだろうか。そんな二重課税など、常識で考えても許されるはずがない。

こんな政策が罷(まか)り通ったら株式市場は大暴落し、たちまち日本経済はあの民主党政権時代に逆戻りしてしまうだろう。「希望の党も、結局、現実を見ることができない“空想政党”なのか」と、失望した人は多かったに違いない。

一方で、安保法制を「戦争法」と断じ、空想的平和主義、一国平和主義たちの集団である立憲民主党の躍進という意外な結果も見られた。立憲民主党とは、国民の総スカンを食った、あの「菅直人政権」の面々である。彼らに一体、何を期待するのか、と思う。

日本には、かつて55年体制下で「革新票」を投じつづけた一定の層がある。そこに、小池氏によって「排除された人々」という立憲民主党への同情が加わり、予想外の票を集めたのである。

希望の党は、今後、“泥船”から逃げ出し、もとの仲間のもとに走る面々が出ることが予想され、“茨(いばら)の道”が待ち受けている。しかし、思いつきで、耳ざわりのいい政策だけを並べて有権者に媚びようとした今回の失敗を反省して、ひたすらリアリズムを突きつめていくなら、まだブームを起こす可能性は残っている。ポイントは、日本維新の会と、どういう形で連携、もしくは合併を模索していくかにあるのではないだろうか。

今や自民党の最大支持層は、ネット世代である二十代を中心とする若年層になってしまった。朝日新聞が選挙終盤の10月17、18日の両日に実施した世論調査でも、比例区投票先を「自民党」と答えた世代は、圧倒的トップが「18~29歳」の41%であり、親の世代である「60代」の27%を大きく引き離していた。

各社の世論調査も同様で、若者ほど自民党を支持していることが数字にはっきりと現われているのである。若者は冷徹なまでのリアリストであり、現実政党しか信じない。

就職もままならなかったあの民主党時代にだけは戻りたくない彼らを、安倍政権が今後もどう惹(ひ)きつけていくのか。朝鮮半島有事が刻々と近づく中、さまざまな面で「お手並み拝見」といきたい。

カテゴリ: 政治

「かくて護憲勢力は壊滅した」という歴史に残る“悲劇と喜劇”

2017.09.29

かねて「2大“現実政党”時代」の到来について書いてきた私も、あまりにも「あれよ、あれよ」という展開に正直、唖然としている。

最も驚いたのは、あれほど「解散の大義がない」と叫び、「護憲」を主張し、平和安全法制を「戦争法」と決めつけて、その廃止を訴えてきた政治家たちが、一夜にして“一丁目一番地”とも言うべきその政策を「放棄」してしまったことだ。

リベラル勢力の人々は、自分たちが支えてきた政治家たちの浅ましい姿に、ただただ絶句している。刻々と変わる国際情勢や社会の変化に目を向けず、そして、やれ「お花畑だ」、やれ「ドリーマーだ」と揶揄(やゆ)されても、それでも国会前で「護憲」と「平和安全法制廃止」を訴えてきた人々は、本当に立つ瀬がないだろう。

信じていた政治家たちが、自分たち支持者を置き去りにして、こともあろうに「改憲政党」のもとに走っていってしまったのである。果たしてこれ以上の衝撃があるだろうか。

リベラル勢力の人たちが投票する政党が「共産党しかなくなってしまった」ことは、本当にお気の毒に思う。しかし、慌てることはない。恥も外聞もなく希望の党に駆けこもうとした民進党の政治家たちは、小池百合子党首によって「選別」され、少なからず「また舞い戻ってくる」からだ。その少数派の政治家たちをまた「支持すればいい」のである。

なんといっても興味深かったのは、本日(29日)、小池党首が記者会見で、希望の党からの出馬を望む民進党の立候補予定者の絞り込みについて「リベラル派を“大量虐殺”するのか」と問われ、「(リベラル派は)排除する」と、あらためて言明したことである。

小池氏は、「安全保障、憲法観といった根幹部分で一致していることが、政党構成員としての必要最低限です」と、強調した。選挙に落ちて「ただの人」になりたくないために、政治信条を捨ててまで必死で入党を懇願しているのに、リベラル政治家たちには、それでも、まだ「大きなハードルが待っている」のである。

各選挙区で着々と準備が進められてきた共産党を含む「野党統一候補」の構想は、わずか1日で白紙となったが、小池党首の「選別」によって、またそこに活路を見出そうとする政治家たちが少なからずいるだろう。護憲リベラル勢力は「選挙の前に」すでにほとんどが壊滅してしまったが、その悲喜劇は、むしろこれからが「本番」と言えるのである。

結局、小池党首が言う「リセット」とは、平和ボケしたリベラル勢力を「リセット」することだったことに気づいた向きも多いだろう。だが、まだ、あきらめてはいけない。

見方を変えれば、“抱きつき合流”によって、希望の党の中心勢力になるのが旧民進党の連中なのだから、彼らが加計問題で必死に持ち上げてきた前川喜平・元文科事務次官のように「面従腹背」を座右の銘とし、ひたすら「時」を待って、将来、希望の党の中で小池勢力を「駆逐」すればいいのである。

つまり、「駆逐するか、されるか」という勝敗はともかく、希望の党の将来は、「分裂が不可避」ということである。中国に「尖閣に手を出させない」ためにできたとも言うべき平和安全法制を「戦争法案」と叫びつづけたツケを当人たちが払わされることになったのは、なんとも「歴史の皮肉」というほかない。

カテゴリ: 政治

北朝鮮ではなく「日本人が敵」だった

2017.09.04

いよいよ北朝鮮情勢に対するアメリカの「決断の時」が近づきつつある。多くの専門家が「6回目の核実験こそ、戦端が開かれるトリガー(引き金)になる」と、くり返し述べてきたが、その「6回目の核実験」の壁は、あっさりと取り払われた。

9月3日、北朝鮮は6回目の核実験を強行し、朝鮮中央テレビは、「前例がないほどの大きな威力で実施された」と、「水爆実験」の成功を宣言した。

北朝鮮が初めて核実験をおこなったのは、2006年10月である。11年後の今、北朝鮮は、核技術を供与してきたパキスタンをも驚かせる、この分野での目覚ましい発展を遂げたことになる。核と弾道ミサイルの開発を同時に押し進める北朝鮮は、確実にアメリカの「脅威」となったのだ。

前回のブログで、「私たちは、このまま北朝鮮が“核弾頭の小型化”と“起爆装置の開発”が成功することを待つのか」という問題提起をさせてもらった。6回目の核実験で「いよいよか……」という独特の感慨がある。

今から24年前の1993年6月、週刊新潮のデスクをしていた私は、〈東京を睨む北朝鮮核ミサイルに怯える「第九条」〉という記事を書いた(6月24日号)。旧ソ連製の戦術弾道ミサイル・スカッドを北朝鮮が独自に改良・生産した「ノドン1号」が日本海で試射され、500キロ離れた目標物に命中したことが明らかになったことを受けての記事だった。

戦後50年が近づき、“平和ボケ”した日本に突きつけられたこの問題を〈東京を睨む北朝鮮核ミサイルに怯える「第九条」〉と表現した記事は当時、かなりの話題を呼んだ。しかし、今、この記事を読み返すと、これを明日出しても、そのまま通用するのではないか、という錯覚をしてしまう。

それは、“平和ボケ”は今も「まったく変わらない」という点だ。今朝、各紙に目を通していたら、朝日新聞の「天声人語」に目を吸い寄せられた。そこには、こう書かれていた。

〈迷惑千万な隣国への「怒り」は、尽きることがない。それでも「冷静さ」は併せ持ちたい。始めなくていい戦争を始めてしまった経験が、人類にはいくつもある〉

「冷静さ」は、もちろんアメリカを含めて国際社会の側は持っている。持っていないのは、これまで叔父の張成沢氏ばかりか、実兄の金正男氏、さらには、多くの軍の幹部たち、果ては罪のない人民を無惨な方法で処刑・粛清してきた金正恩当人である。

33歳の若きこの領袖が「もはや正気ではない」と各国が分析しているのは周知のことだ。その人物が核ミサイルの発射ボタンを持つことの「意味」を言うまでもなく、トランプ大統領だけでなく、国際社会が認識している。だからこそ、北朝鮮核ミサイル問題は極めて深刻なのである。

しかし、この24年間、父・金正日時代から国際社会の「対話」による解決への模索は、ただ核開発のための「時間稼ぎ」に利用されただけだった。その結果、北朝鮮は、ついに、アメリカの「殲滅」を公言するに至ったのである。

天声人語子は、「対話」の陰で、ついに「起爆装置の開発」が成されたら、それでも同じことを言うのだろうか。2013年4月に労働新聞紙上で宣言した「東京」「横浜」「名古屋」「京都」「大阪」の5都市に向けた核ミサイルの発射ボタンを、いつでも押すことができる状況下で、どんな主張をするのだろうか。

日曜日(9月3日)の朝、民放のテレビを観ていたら、番組の中でジャーナリストが「朝鮮半島の分断には、日本に歴史的な責任がある。朝鮮半島が平和になるために日本が努力しなければならないことを忘れちゃいけない」などと言っていた。北朝鮮の核ミサイル問題も「日本に責任あり」という、お得意の「悪いのはすべて日本」という論である。

また、最近話題になっている東京新聞の女性記者が記者会見で、菅義偉官房長官に「米韓の軍事演習を続けていることが、金委員長のICBM発射を促している。日本は、軍事演習について、(米韓に)金委員長側の要求に応えるよう働きかけをしているんでしょうか?」などと、完全に「北朝鮮の立場」からの質問を浴びせていた。

さすがに、菅官房長官も「北朝鮮の委員長に聞かれたらどうですか?」といなしていたが、「なんでも悪いのは日本」という人たちの発想と論理には恐れ入る。

これまで何度も書いてきたように、日本人は、ほぼ全員が平和を望んでいる。日本は、平和主義者の塊(かたまり)と言える。しかし、その平和主義者は、二つに分かれている。「空想的平和主義者」と「現実的平和主義者」だ。

平和を唱えていれば平和が保たれると思う“ドリーマー(夢見る人)”と、あらゆる現実的手段を執って戦争を防ごうとする“リアリスト(現実を見る人)”である。ドリーマーの特徴は、なんでも「悪いのは日本」で、日本が戦争を起こすのを「どう防ぐか」とばかり考えていることだ。

残念ながら、マスコミには、このドリーマーが非常に多い。彼らは自分たちを“リベラル”と称して、「私たちはペンで戦争をしたい人たちと闘っている」と思い込み、自己陶酔に浸っている。

彼ら彼女らにとっては、「北朝鮮は守らなければならない国」なのである。自然と発想が「北朝鮮寄り」になり、北の利益になるようなことばかり「代弁」するようになる。彼らがいかに北朝鮮の力強い味方だったかがわかる。

彼らは、日本人が「拉致」されるという最大の「主権」と「人権」の侵害に直面しても、決して北朝鮮を糾弾せず、常に「対話」を主張し、「核開発」のための時間稼ぎに大いに力を貸してきた。大多数の日本人にとっては、彼らこそ「敵だった」のである。

それは、この問題が勃発した24年前も、そして「今」も変わらない。かつて北朝鮮を“地上の楽園”と囃(はや)した新聞が、今も脈々とドリーマーを育てつづけていることに、ほとほと感心する。

しかし、事態がここに至り、アメリカのとり得る手段は「2つ」に絞られてきたといっていいだろう。ひとつは、北朝鮮を核保有国とみなして、米朝高官交渉を始めること。もうひとつは、核兵器の除去、つまり、軍事行動で北朝鮮を瓦解せしめることである。

その時は、金正日時代に彼を“斬首”するために立案・計画されていた「作戦計画5026」と「作戦計画5030」が再び甦(よみがえ)ることになるだろう。

在韓アメリカ人の秘かな移動、つまり国外脱出は、どのようなかたちで進行しているのか。それが、明らかになった段階で、世界はアメリカの「決意」を知るに違いない。

「まるでキューバ危機」という声がアメリカ国内にも出始めた。トランプ大統領は、記者から「北朝鮮を攻撃するのか」と問われ、「そのうち分かる(We will see)」と発言した。いよいよ「決断の時」が近づいている。

カテゴリ: マスコミ, 北朝鮮

日本はこのまま「北朝鮮の核ミサイル完成」を待つのか

2017.08.29

本日早朝、北朝鮮の中距離弾道ミサイルが、警告されていた島根、広島、高知の上空ではなく、北海道上空を通過し、太平洋上に落下した。小野寺五典防衛相は、「中距離弾道ミサイル『火星12』の可能性がある」と記者団に述べた。

これまで、北朝鮮が予告の上で「人工衛星である」と称して発射した飛行体が日本列島を通過したことはあったが、ついに弾道ミサイルが「予告なし」で列島を通り越していったのである。

北海道をはじめ全国各地で、Jアラートと連動したサイレンが鳴り響き、携帯電話やスマートフォン等で「エリアメール」が鳴動した。テレビ画面も一斉に緊急画面に切り替えられた。

「私たちは、このまま北朝鮮の“核ミサイルの完成”を待ちますか?」――私は、そんなことを思いながら、一連の動きを見ていた。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」した私たち日本人にとって、北朝鮮の弾道ミサイルは、本来「あり得ないこと」である。

憲法前文で謳うこの理想は、人類の夢である。だが、「夢」は「夢」であり、「現実」ではない。世界の諸国民が「平和を愛する人々である」という前提がいかに「おめでたい」かは、小学生にでもわかる。

だが、私は、「日本人はこのまま北朝鮮の“核ミサイルの完成”を待ち、座して“死”を待つのだろうか」と本当に思う。当欄でも、私は長くこう書いてきた。「北朝鮮が核弾頭の小型化と起爆装置の開発を果たすまでが、日本人が生存できるリミットである」と。

多くの研究者が、「もはや北朝鮮は核弾頭の小型化を実現している」という中、あとは「起爆装置の開発」ができているかどうか、である。

言うまでもなく「核弾頭の小型化と起爆装置の開発」の成功は、「核ミサイルの完成」を表わす。その瞬間から、日本人は、「いつ、理不尽に、自分の命が失われるかわからない状況下に立つ」ことになる。

日本人は忘れやすいのであらためて記すと、北朝鮮はすでに、2013年4月、朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」に〈わが国に対する敵対政策は日本の滅亡を招く〉という記事を掲載(4月10日付)している。

その中で、〈日本は我々の報復対象から逃れることはできない〉とし、攻撃対象として〈東京、大阪、横浜、名古屋、京都〉の「5都市」を挙げている。

記事はかなり詳細で、これらの5都市が日本の人口の「3分の1」近くを占めていることを理由に、〈われわれは、日本の戦争持続力を一気に壊滅させることができる。日本列島のすべてをわれわれは戦場とするだろう〉と主張していた。

この「宣言」は核ミサイルを前提にしている。そして今、いよいよその完成が「間近」となったのである。

私は、テレビで評論家の話を聞きながら、「なぜ、ここまで危機感がないのか」と思う。まだ「起爆装置の開発ができていない」今だからこそ、日本は「生存」できている。なにも起こらないで欲しい、と思っても、もはやそんな悠長なことを言っていられる場合ではない。

もし、北朝鮮が「すべての開発」を終了させたら、日本はどうするのだろうか。そんなことをなぜ議論しないのだろうか。そして、今回のミサイルを「なぜ、撃ち落さなかったのか」、それは、ひょっとして「撃ち落せなかったのか」、それとも完全にミサイルの航跡を把握しながら「撃ち落す必要はない」と判断したのか、そして、もしそうなら、なぜそう判断したのだろうか。議論すべきことは数多くある。

なかでも日本が今、議論すべきは、アメリカに「北朝鮮の無力化」をどう果たしてもらうか、ということではないだろうか。その具体策をどうするか、それを政府に先んじてマスコミは議論していかなければならない。

加計問題で、ファクトに基づかない一方的で煽情的な報道をつづけた日本のマスコミ。「国民の生命と財産を守る」ということに対するマスコミの意識の低さと危機感の欠如に、私は、ただ溜息が出るだけである。

カテゴリ: マスコミ, 北朝鮮

新たなステージに進んだ「永田町」の暑い夏

2017.08.06

2017年夏、日本の政界は、安倍政権の内閣改造で新たな「ステージ」に入った。森友や加計問題で、“ファクト”がないままの異常なマスコミによる安倍叩きがやっとひと段落し、新しい“戦い”の輪郭が見えてきたのだ。

私は、内閣改造の当日、産経新聞から感想を問われ、実務能力や国会答弁の安定性を重視した点で「リアリズム内閣である」とコメントさせてもらった。そういう顔ぶれであることは間違いないが、それと共に、来年9月の「自民党総裁選」をにらんだ絶妙の配置であることに、あらためて注目している。

ひと言でいえば、「石破“封じ込め”内閣」である。今回の組閣で驚いたのは、石破派の入閣待望組ではなく、まだ当選わずか3回で、同派の将来の有望株「斎藤健氏」を農水相として閣内に取り込んだことだ。完全に石破派への揺さぶりである。

それだけではない。無派閥の野田聖子氏を総務相という重要ポストに取り込んだことも、「石破対策」と言える。来年9月の総裁選に、安倍首相としては、「野田氏に出馬して欲しい」というのが本音だ。

最大の理由は、総裁選での「石破氏との一騎打ち」を避けたいからだ。安倍首相は、2012年の総裁選で、第一回投票で石破氏に敗れている。石破氏は、地方票と国会議員票の第一回投票で199票を獲得しながら過半数には至らず、国会議員票のみの投票となった第二回投票で安倍氏に逆転された。

安倍首相にとって重要なのは、「複数の総裁候補が出馬すること」である。一騎打ちの場合、地方票では、またしても大きく石破氏が上まわる可能性がある。そうなれば、「敗北」である。

そのためには、安倍首相は、野田聖子氏にも、河野太郎氏にも、来年の総裁選に出馬してもらいたい。閣外で舌鋒鋭く政権を非難されるのは困るが、閣内に取り込んで、よしみを通じた上で、総裁選に「出馬してもらう」ことは、安倍首相にとって不可欠な戦略と言える。

それを見越して、野田、河野両氏を「閣内に取り込んだ」と見るのが自然だろう。両氏が、来年の総裁選への自身の出馬に早くも言及しているのは、そういう背景がある。

しかも、今回の野田氏の起用は、“元祖”女性宰相候補である野田氏本人にとっても、実に大きい意味を持つ。1998年にすでに郵政大臣を経験し、明晰な頭脳と情に厚いことで当時の郵政官僚たちを虜(とりこ)にした野田氏が、今後は、安倍首相の後ろ盾を「得る」ことになるのである。

その後、現われては消えていった女性宰相候補の中で、彼女が「復活」の糸口をつかんだことは、実に大きい。たとえ安倍批判をおこなっても、もともと安倍―野田ラインは、93年同期当選組として強固なものがあっただけに、今回の起用ほど意味深なものはなかなかあるものではない。

安倍、石破、野田、河野という4者が総裁選に出れば、確実に票は割れる。もし、野田、河野両氏を重要閣僚で遇しておかなければ、出馬しても“泡沫”で終わる。いや、推薦議員「20人」のノルマを達成できずに、またしても総裁選に「出馬できない」可能性もある。

両氏の抜擢は、石破氏の第一回投票での過半数獲得を「阻止するもの」なのである。石破派への揺さぶりのための「斎藤健氏の閣内取り込み」と共に、野田・河野両氏の重要閣僚への抜擢は、この改造内閣の性格を明確に特徴づけていると言っていいだろう。

この6月に、私は当ブログで「やがて日本は“二大現実政党”の時代を迎える」というタイトルで、民進党の「崩壊」と、自民党に代わる新たな現実政党の「出現」について、書かせてもらった。

これまでくり返し書いてきたように、私は、現在を「左」と「右」との戦いではなく、「ドリーマー(夢見る人)」と「リアリスト(現実主義者)」の戦い(つまり「DR戦争」)だと分析している。安全保障分野で言うなら、「空想的平和主義者」vs「現実的平和主義者」の戦いである。

旧態依然とした現実無視のマスコミ報道は、今国会のテロ等準備罪法案、森友、加計問題……等々でも、いかんなく発揮された。迫りくる北朝鮮や中国の危機に対して、国民の生命、財産、そして領土を具体的にどう守ろうかという議論が必要な時に、ただ“揚げ足取り”や、煙もないところに“火をつけて歩く”ことが大手を振っておこなわれた。

こんなレベルのマスコミと野党は、決して国民には受け入れられない。今後、国民の支持を集める政党が出てくるなら、それは「現実政党」であることが必須条件となる。

抽象論や観念論をふりかざして、国会近くにいるデモ隊の中に飛び込み、叫んだり、煽ったり、アジったりする。そんな“空想空間”に生きる政党や政治家は国民に愛想をつかされて、やがて「消え去る」だろう。

その意味で、私は、国内外の厳しい現実に対処できる「リアリズム」政党こそが、これから「日本の政治」を担っていくと思う。

最近、小池百合子都知事が率いる「都民ファースト」への“合流&加入”を目指す政治家の動きが顕著だ。しかし、私は、「決められない都知事」小池氏は、これまで書いてきたリアリズムの“対極”にいる政治家であろうと思う。

「築地は守る、豊洲は活かす」という論理的に“破綻”したキャッチフレーズで都民に巨額の税負担をもたらす小池都知事は、ある意味、舛添前都知事より「タチが悪い」かもしれない。

「6000億円」という気の遠くなるような総事業費をブチ込んだ豊洲新市場は、企業債(借金)の利息ですら「370億円」にのぼる。「築地売却」による“借金の圧縮”こそ都民のために急務であることは明らかなのに、どっちにもいい顔をするために「築地は守る、豊洲は活かす」とは言いも言ったりである。まさに「決められない都知事」の面目躍如と言える。

残念ながら、こんなリーダーに率いられた政党は、自民党政権の受け皿とはなり得ないと私は思う。耳ざわりのいい言葉を発することと、「現実政党」とは、多くの場合、イコールではないからだ。

しかし、国民は「二大現実政党」時代を志向し、実際に政局がそういう方向に向かっているのも事実である。

用意周到な計算の末に改造され、“リアリズム内閣”となった安倍政権が、対「石破茂」戦争という明確な方針を示し、かつ、憲法改正問題や、都民ファーストとの戦いを念頭に動き出すことで、永田町はこの夏、「新たなステージ」に進んだのである。

カテゴリ: 政治

真実を隠す「政治運動体の機関紙」となった新聞

2017.07.30

異常な“政治狂乱報道”が、やっとひと区切りついた。最後は、陸上自衛隊トップの辞任、蓮舫民進党代表の辞任、そして、稲田朋美防衛大臣の辞任という形で、2017年前半の混乱政治が終わった。

それは、本来は、国民に「真実」を伝えるべき新聞が、まるで「倒閣運動体」の機関紙に過ぎないレベルに堕(お)ちたことを示す日々でもあった。今年2月に、南スーダンPKO日報問題と森友問題が勃発し、以後、加計学園問題がつづき、連日、新聞もテレビも、劣化したお粗末なレベルを見せつづけた。

しかし、これらの「ファクト(事実)」とは一体、何だったのだろうか。事実にこだわるべきメディアが、「主義・主張(イデオロギー)」、それも、「安倍内閣打倒」という目的に向かって、報じるべきファクトを報じず、国民を一定の方向に導くべく狂奔した毎日だった。

嬉々として、これをつづける記者たちの姿を見て、「ああ、日本の新聞記者はここまで堕ちたのか」と失望し、同時に納得した。

私は今週、やっと新刊の『奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山』(小学館)を上梓した。締切に追われ、ここしばらくブログを更新することもできなかった。しかし、産経新聞に〈新聞に喝!〉を連載している関係上、毎日、新聞全紙に目を通してきた。

私は今、来年に刊行する政治がらみのノンフィクション作品のために、かつての大物政治家たちの「回想録」や「証言集」を読み始めている。そこには、多くの新聞記者が登場してくる。大物政治家たちは、彼ら新聞記者の「見識」を重んじ、新聞記者に意見を求め、自分が判断する時や、大きな決断が必要な際に、大いに参考にしている。そのことが、大物政治家たちの証言集の中に随所に出て来るのである。

しかし、今の新聞記者にそんなことは望むべくもない。記者がどこまでも追及しなければならないファクトを置き去りにし、「政権に打撃を与えることだけ」が目的の報道を延々とつづけているからである。

会ったこともないのに、天皇や安倍首相が幼稚園を訪問したというデタラメをホームページに掲載し、ありもしない「関係」を吹聴して商売に利用してきた経営者による「森友問題」は、国会の証人喚問にまで発展した末、安倍首相の便宜供与という具体的な事実は、ついに出てこなかった。

問題となった森友学園の土地は、伊丹空港への航空機の侵入路の真下に位置している。かつて「大阪空港騒音訴訟」の現場となったいわくつきの土地である。「騒音」と建物の「高さ制限」という悪条件によって、国はあの土地を「誰か」に買って欲しくて仕方がなかった経緯がある。

そのために、破格の条件でこれらの土地を売却していった。現在の豊中給食センターになっている土地には、補助金をはじめ、さまざまな援助がおこなわれ、“実質的”には100%の値引きとなっている。

また、森友学園と道ひとつ隔てた現在の野田中央公園となっている土地にも、いろいろな援助がおこなわれ、“実質”98・5%の値引きが実現している。それだけ、国はこのいわくつきの土地を「手放したかった」のである。

森友学園には、地中に埋まっているごみ処理費用としての値引きをおこなって、実質86%まで値下げをおこなった。しかし、前者の二つの土地に比べれば、実質的な値引きは、まだまだ「足らなかった」と言える。これは、新聞をはじめ、マスコミならすべて知っている事実だ。

だが、新聞は、この土地の特殊な事情や、ほかの二つの土地のことに「全く触れず」に、ひたすら安倍首相が「関係の深い森友学園の経営者・籠池氏のために破格の値引きをおこなった」という大キャンペーンをくり広げた。

そして、証拠が出てこないことがわかるや、今度は「忖度」という言葉までひねり出して「疑惑」を継続報道した。国民に不信感を抱(いだ)かせる抽象的なことは書くが、それに都合の悪い「ファクト」は、いっさい報じなかったのである。

加計問題も、図式は同じだ。12年前の小泉政権時代の構造改革特区時代から今治市の民主党(当時)県議の働きかけによって、加計学園は獣医学部新設に動き始めた。だが、新聞はそのことには、いっさい触れず、加計学園は、安倍首相の友人が理事長を務めており、「加計学園に便宜をはかるため」に、「国家戦略特区がつくられ」、獣医学部の「新設が認められた」とされる疑惑をつくり上げた。

森友問題と同じく、ここにも、「憶測」と一定の政治的な「意図」が先行した。そこに登場したのが、天下り問題で辞任した文科省の前川喜平前事務次官である。前川氏は、「行政が歪められた」という告発をおこなったが、抽象論ばかりで具体的な指摘はなく、文科省内の「総理のご意向」や「官邸の最高レベルが言っている」という文言が記された内部文書がその“根拠”とされた。

しかし、現実には、公開されている国家戦略特区の諮問会議議事録でも、文科官僚は獣医学部の新設が「必要ない」という理由を何も述べられなかったことが明らかになっている。そして、いわば「議論に敗れた」ことに対して、文科省内部での上司への弁明の文書ともいうべきものが、あたかも「事実」であるかのように報道され、テレビのワイドショーがこれに丸乗りした。

これらの報道の特徴は、ファクトがないまま「疑惑は深まった」「首相の関与濃厚に」という抽象的な言葉を並べ、国民の不信感を煽ることを目的としていたことである。

ここでも都合の悪い情報は報道から除外された。前述の加計学園が12年も前から手を挙げていて、それが今治選出の県議と加計学園の事務局長が友達だったことからスタートしていたことも、国会閉会中審査に登場した“当事者”の加戸守行・愛媛県前知事によって詳細に証言された。

愛媛県が、鳥インフルエンザやBSE、口蹄疫問題等、公務員獣医師の不足から四国への獣医学部の新設を要請し続けたが、岩盤規制に跳ね返され、やっと国家戦略特区によって「歪められた行政が正された」と語る加戸前知事の証言は具体的で、文科省の後輩でもある前川氏を窘(たしな)める説得力のあるものだった。

しかし、多くの新聞は、ここでもこの重要な加戸証言を黙殺した。自分たちがつくり上げた疑惑が、虚構であることが明らかになってしまうからである。新聞は、前川氏の証言だけを取り上げ、逆に「疑惑は深まった」と主張した。

ついに稲田防衛相の辞任につながった南スーダンの日報に関する報道も、「隠ぺいに加担した稲田防衛大臣」という一方的なイメージをつくり上げた。自衛隊の南スーダンの派遣施設隊の日報は、今年「2月6日」には存在が明らかになり、新聞各紙も防衛省の公表によって、「2月7日付夕刊」から大報道していた。

黒塗りの機密部分もあったものの、日報は公開され、国民はそのことをすでに知っていた。それから1週間後の「2月15日」に防衛省で開かれた会議で、日報を隠蔽することなどは当然できない。しかし、新聞をはじめ、ほとんどのマスコミは、すでに日報が公表されていた事実にいっさい触れず、あたかも「すべてが隠蔽された」という印象報道をおこなったのである。

事実を報じ、その上で、批判をおこなうのがジャーナリズムの使命であり、責任であることは言うまでもない。しかし、哀しいことに日本の新聞記者は、いつの間にか「政治運動体の活動家」になり果ててしまったのだ。

外交評論家の岡本行夫氏が、朝日新聞の慰安婦報道をめぐる朝日社内の「第三者委員会」の委員となり、2014年暮れに発表された報告書に記したこんな文章がある。

〈当委員会のヒアリングを含め、何人もの朝日社員から「角度をつける」という言葉を聞いた。「事実を伝えるだけでは報道にならない、朝日新聞としての方向性をつけて、初めて見出しがつく」と。事実だけでは記事にならないという認識に驚いた。

 だから、出来事には朝日新聞の方向性に沿うように「角度」がつけられて報道される。慰安婦問題だけではない。原発、防衛・日米安保、集団的自衛権、秘密保護、増税、等々。
 方向性に合わせるためにはつまみ食いも行われる。(例えば、福島第一原発吉田調書の報道のように)。なんの問題もない事案でも、あたかも大問題であるように書かれたりもする。

新聞社に不偏不党になれと説くつもりはない。しかし、根拠薄弱な記事や、「火のないところに煙を立てる」行為は許されまい。ほかにも「角度」をつけ過ぎて事実を正確に伝えない多くの記事がある。再出発のために深く考え直してもらいたい。新聞社は運動体ではない(一部略)〉

明確に岡本氏は、〈新聞社は運動体ではない〉と述べていたが、残念ながら、新聞の実態はますます悪化し、いまや〈政治運動体〉そのものと化し、もはや、“倒閣運動のビラ”というレベルにまで堕ちているのである。

メディアリテラシーという言葉がある。リテラシーというのは「読み書き」の能力のことで、すなわち「読む力」と「書く力」を表わす。情報を決して鵜呑みにはせず、その背後にどんな意図があり、どう流されているものであるのかまで、「自分自身で判断する能力」のことをメディアリテラシーというのである。

新聞を筆頭とする日本のマスコミがここまで堕落した以上、日本人に問われているのは、このメディアリテラシーの力であることは疑いない。幸いに、ネットの発達によって玉石混淆とはいえ、さまざまな「ファクト」と「論評」に人々は直接、触れることができる。

どうしても新聞を読みたい向きには、政治運動体の機関紙と割り切って購読するか、あるいは、真実の情報はネットで仕入れた上で、その新聞の“煽り方”を見極め、これを楽しむ意味で読むことをお勧めしたい。

カテゴリ: マスコミ, 政治

やがて日本は「二大現実政党」の時代を迎える

2017.06.19

第193回通常国会は、さまざまな意味で「歴史に残るもの」となった。森友学園や加計学園問題に多くの時間が費やされた低レベルの国会に、ほとほと嫌気がさしたのは、私だけではないだろう。

この情けない有り様を見ながら、私は、「やがて日本は、二大現実政党の時代が来る」と思った。それは、決して「本質」に踏み込まない不毛な「印象操作」と「パフォーマンス」、そして、「最初に結論ありき」の子供じみた政治家たちのスタンスに起因する。

森友問題から加計問題に至る「5か月間」は、それほど情けないものだった。森友学園や加計学園に対する「便宜供与」が本当に安倍首相にあったなら、それを出せばいい。しかし、印象操作を目的に、ひたすらパフォーマンスがくり返される「劇場型国会」に、いい加減にしろ、と叫びたかった良識ある国民は多いだろう。

テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法改正案の審議も、最初から最後まで「ケチをどうつけるか」という枝葉末節の議論に終始し、最後は参議院法務委員会での「日本維新の会」の質問中に民進党が法相の問責決議案を提出して、“審議拒否”策に出た。

「しめた」とばかりに、自民党が委員会の採決をすっ飛ばして「中間報告」による本会議採決に持っていく奇策に出た。しかし、産経新聞以外のメディアは、維新の質問中に民進党によって法相の問責決議案が提出され、民進党が審議拒否戦略に出たことを報じていない。自民党の一方的な「中間報告」による本会議採決だったとしか国民に情報を「出さなかった」のである。

「パレルモ条約(国際組織犯罪防止条約)」批准のために不可欠な国内担保法である組織犯罪処罰法改正案は、テロやさまざまな組織犯罪と向き合わなければならない日本にとって、不可欠な法律である。

これを締結していない国は、ソマリアや南スーダン、コンゴ、イラン、パラオ、フィジー、ソロモン諸島ら、日本を入れて11か国に過ぎない。かつて、旧民主党は現在の政府案の基になる修正案を国会に提出した。対象を「組織的犯罪集団」に絞り込み、さらには、犯罪実行のための「予備行為」を処罰要件とする、今回の政府案に酷似したものだった。

旧民主党も、当時は、国際的な組織犯罪への危機感を「共有」していたのである。米、英、独、仏、伊……先進国はもちろん、テロや国際犯罪から国民を守りたい国々は、「共謀罪」か、「参加罪」か、いずれかの国内法をつくり、パレルモ条約を批准している。では、先進国のなかで、今回、野党が主張したように、それによって「内心の自由」や「思想の自由」、あるいは「表現・言論の自由」が犯された国があったのだろうか。答えは、ノーである。

この法律によってパレルモ条約に加盟する最大の利点は、各国との“捜査情報の共有”にほかならない。各国がテロや国際犯罪との戦いで掴んだ情報を共有できることは、日本国民の「生命」と「財産」を守るためには、不可欠なものだ。

爆弾ひとつとっても、雷管に何を使い、起爆装置に何を使うか、あるいは、自爆テロをどういう経過を辿って実現していくか、それらの集団の捜査の端緒をどこから見出すか……等々、テロや組織犯罪から国民を守るために不可欠なものが、各国の捜査機関には蓄積されており、それを日本は「共有」できるのである。

しかし、日本は、ソマリアや南スーダン、コンゴなどと同じく、それらのネットワークから“除外”されている。戦前の治安維持法の時代に「戻るかもしれない」と、反対する人々がいるからである。私は、NHKの日曜討論に出演して反対派の人々と話し合ったが、彼らが話す抽象論に「はあ?」という思いを強くした。

どうしても、私は10年前、防犯カメラの設置に対して強力に反対した政治勢力やジャーナリズムのことを考える。彼らは、あの時と同様、今回も「監視社会の到来」を訴えて、法案に猛反対したのである。

街のあちこちに設置された防犯カメラによって、彼らが主張してやまなかった「監視社会」は、10年後の今、到来しただろうか。平穏に暮らす国民の「命」を守ることよりも、そんな不安ばかりを煽って、政治家としての責任を果たさなかった人々は、あの時、主張したことを今、どう総括するのだろうか。

戦後72年におよぶ民主主義国家としての歩みを無視して、あの思想警察「特高」が存在していた時代の「治安維持法」と同列に並べて国民の不安を煽る手法は、私には理解できなかった。観念論や抽象論で、国民に不安ばかりを植えつけようとする手法は、このインターネット時代に、もはや通用しない。

私は、現在を「左」と「右」との戦いではなく、「ドリーマー(夢見る人)」と「リアリスト(現実主義者)」の戦い(つまり「DR戦争」)だと分析している。安全保障分野で言うなら、「空想的平和主義者」vs「現実的平和主義者」の戦いである。

「不安商法」の時代は、とっくに過ぎ去っている。今でも、この古典的な手法にしがみつく政治家に、国民の支持は絶対に集まらないと私は思う。

もし、集まるとするならば、「現実政党」に対して、である。私は、これを「保守政党」とは呼ばない。「保守」とは、旧来のものを守ることを意味するからだ。そうではなく、あくまで「現実政党」である。

東京都議選を前に公認候補の離党ラッシュが続いた民進党で、今年4月、長島昭久・衆議院議員が離党届を提出し、記者会見で語った中身は、象徴的だった。

「“党内ガバナンス”という魔法の言葉によって、一致結束して“アベ政治を許さない!”と叫ぶことを求められ、過去に自分たちが推進し、容認してきた消費税も、TPPも、ACSA(日米物品役務相互提供協定)も、秘密保護法制も、安保法制も、憲法改正論議も、共謀罪も、すべて反対、徹底抗戦、廃案路線で突き進む。

行き詰まると、院外のデモ隊の中に飛び込んで、アジる、煽る、叫ぶ。そこには熟議も、建設的な提案もない。与野党の妥協も政策調整の余地もない。国民世論の統合を期待されている国会において、かえって国民の中にある分断の萌芽(ほうが)をさらに拡大しているようにしか見えないのです」

私は、「リアリズム」が、今後の政界のキーワードになることは間違いないと思う。あらゆる政策に是々非々で議論を戦わせ、国民にとって「なにがベストなのか」という点で、ある時は妥協し、ある時はとことん戦い抜く――早く、そんな「二大現実政党時代」の到来を実現し、「現実政党」同士の中で、意味ある政権交代を国民が選択できるようになって欲しいと、心から願う。

カテゴリ: 政治

「20年前」と変わらない偽善ジャーナリズム

2017.05.23

本日、永田町に行ってきた。参議院議員会館の地下会議室でおこなわれた「犯罪被害者の声を国会に届ける院内集会」に出るためである。

議員会館の外の道路には、「共謀罪反対」のグループが旗を林立させ、マイクでがなっていた。「日教組」や「千葉動労」、あるいは、「新社会党」といった旗や幟(のぼり)が目に飛び込んでくる。“いつもの”人々の反対闘争であることがわかる。若者はほとんどいない。反対運動が、団塊の世代が中心であることが窺えた。

そんな中をかき分けて、やっと参議院議員会館に辿りついた。明日24日は、神戸酒鬼薔薇事件で土師淳くん(11)=当時=が殺害されて「20年」になる。今日の集会は、加害者ばかりが“優遇”され、被害者は捨ておかれた日本のあり方に疑問を投げかけ、2004年に「犯罪被害者等基本法」を成立させた「あすの会」などが中心になって企画されたものである。

会場に入っていくと旧知の土師守さん(61)と目が合った。淳君のお父さんである。淳君が殺されて20年。あの事件以来、ずっとお付き合いしていただいた関係だ。土師さんも、この20年で、すっかり髪の毛が白くなってしまった。

「あすの会」の岡村勲弁護士(88)もいて、ご挨拶させてもらった。いずれも、私が週刊新潮のデスク時代に大変お世話になった人々だ。会は、土師さんの講演から始まった。

「私は、自分自身が犯罪被害者の家族となるまで、これほど犯罪被害者に何の権利もなく、捨ておかれているのかを知りませんでした。公的にも私的にも、権利がなく、ただ、私たちは、犯罪の“証拠”として扱われるだけでした」

そう土師さんが語り始めると、国会議員や記者たちが、一斉にメモを取り始めた。土師さんは、淳君だけでなく、2つ年上の兄も、事件後、厳しい状況におかれたことを淡々と語った。

「淳が殺されて大変な衝撃を受けた兄は、同時に加害者とも顔見知りで、同じ中学校に通っていました。あの事件のために学校に通えなくなり、成績も落ち、出席日数も足りなくなりました。家庭教師を雇って、なんとか勉強はさせましたが、公立ではなく、家から遠い私立の高校に入らざるをえませんでした。高校の3年間、息子を私が自動車で学校に送っていきました。立ち直らせるには、親の力だけではとても無理でした」

シーンと鎮まりかえった中で、土師さんは、当時の苦しみを語った。加害者だけが手厚く遇され、被害者には何もなく、「真の正義」というものが見失われていた日本の異常な実態をそう訴えたのである。

前述のように2004年に犯罪被害者等基本法ができ、やっと犯罪被害者に目を向けられるようになるが、まだまだ不十分であることを土師さんは具体例を挙げて話した。やがて、土師さんの話は、あの酒鬼薔薇聖斗が出した『絶歌』へと移っていった。

一昨年(2015年)6月に突如、出版されたこの本で、いかに残された家族が苦しんだかを土師さんは語ったのである。

「事件で家族を苦しめ、さらに、自分の犯した犯罪を題材に、本まで書いて収入を得る。私は、今でもあの本を読んでいませんが、2度も被害者家族を苦しめることは、本来、あり得ないことです」

「自由の逸脱は許されないのです。表現の自由も同じです。性描写やリベンジポルノなど、自由を逸脱することは、許されないのです。しかし、日本では、まだ自分の犯した犯罪を題材に、本まで書いて収入を得るということが許されているのです」

土師さんは、犯罪被害者問題のさらなる改善を訴えて、講演を終えた。私は、土師さんの話を聴きながら、ずっとあることを考えていた。

この20年で「世の中は変わったのか」ということである。事件当時、日本は「うわべだけの正義」が蔓延していた。少年事件が起これば、「ああ、かわいそう……」という声が向けられるのは、被害者ではなく、加害者の側だったのだ。

育った環境に同情し、心がどれだけ追い詰められて犯行に至ったのか……等々、マスコミはそんなことばかり報じていた。

特に、朝日新聞がこの事件を扱った連載『暗い森』は、その「うわべだけの正義」と「偽善」に満ちたものだった。土師さんは、そういったマスコミのあり方にも苦しんだ。私と知り合ったのは、そんなときだった。

手記『淳』を新潮社から出してもらい、少年法改正に反対する朝日新聞を中心とする偽善メディアと、新潮誌上で、どれだけ闘ったかしれない。

彼らは、甘すぎる少年法の罰則強化を「厳罰化」と呼んで反対した。彼らにかかれば、「適正化」は「厳罰化」になるのである。

犯罪少年の有利になることが「人権」であると、彼らは勘違いしていた。きちんとした罰則も受けず、ろくに反省の機会も与えられないまま、あっという間に少年院から帰ってきた少年たちは、逆に「箔(はく)が付いた」と、以前よりも不良ぶりを発揮する事例は枚挙に暇がなかった。彼らが、平穏に暮らす少年少女たちの「命」に対する、さらに大きな脅威となっていたのである。

そして「人権」の意味を取り違えた、これら偽善ジャーナリズムは、つい最近まで土師さんの壁になりつづけたのである。

私は思う。今も彼ら偽善ジャーナリズムは「変わらない」と。観念論や抽象論ばかりで具体性は全くないまま、人々の不安を煽り、実は、国民の「命」に対する大きな脅威となっていることに、である。

会合を終え、外に出たら、“市民”を称する人々の「共謀罪反対」のシュプレヒコールはますます大きくなっていた。ああ、20年前と何も変わらないなあ、と私は溜息をついた。

カテゴリ: 事件

今村復興相「報道」 メディアの呆れた実態

2017.04.06

議論する時に、相手の意見を捻じ曲げたり、歪めたりして自分が主張しやすいように変えるやり方を「ストローマン手法」、あるいは、「わら人形論法」と言う。そのままでは、議論に負ける時に、相手の言っていること自体を変えてしまうのだ。

わら人形や案山子(かかし)は「簡単に倒す」ことができるので、つけられた名称とされ、欧米では最も軽蔑されるディベートの方法でもある。

しかし、日本の新聞やテレビでは、この手法が「日常的に」取り入れられている。当事者の発言内容を意図的な編集で切り取り、歪めてしまうのだ。その上で、発言主を徹底的に攻撃するのである。

今、大きな問題となっている今村雅弘・復興相の発言に対する報道でも、典型的な「ストローマン手法」が用いられている。国民の多くは、今村大臣の激高部分だけをくりかえし見させられて、「なんて横暴な大臣だ」と思い込んでいるだろう。

しかし、実際のやり取りはどうだったのか。意図的な編集をされていないだろうか。そんな観点で問題となった4月4日午前10時からおこなわれた閣議後会見を見てみると、新たな事実に気がつかされる。むしろ、その「一部始終」を見た人は、逆に、今村大臣の方に同情してしまうのではないだろうか。

まず、問題は「自主避難者」の問題であることを頭に置かなければならない。自主避難者とは、政府の避難指示の範囲外から、自主的に県外へ避難した人々のことだ。福島第一原発から遠く離れた会津地方の人もいれば、郡山といった大都市から、自主的に県外へ出て行った人もいる。

その自主避難者への住宅の無償提供が、震災後6年を経て2017年3月末で、福島県が打ち切った。震災後、6年もの長期にわたって「自主的に」避難していた人たちに住宅の無償提供が続いていたこと自体が驚きだが、フリーランスの記者は、このことについて、こう質問している(以下、復興庁ホームページと録画テープの聞き起こしによる)。

(問)福島県外、関東各地からも避難している方もいらっしゃるので、やはり国が率先して責任をとるという対応がなければ、福島県に押しつけるのは絶対に無理だと思うんですけれども、本当にこれから母子家庭なんかで路頭に迷うような家族が出てくると思うんですが、それに対してはどのように責任をとるおつもりでしょうか。
(答)いや、これは、国がどうだこうだというよりも、基本的には、やはり、ご本人が判断をされることなんですよ。それについて、こういった期間についてのいろいろな条件つきで環境づくりをしっかりやっていきましょうということで、そういった住宅の問題も含めて、やっぱり身近にいる福島県民の一番親元である福島県が中心になって寄り添ってやる方がいいだろうと。
 国の役人がね、そのよく福島県の事情も、その人たちの事情もわからない人たちが、国の役人がやったってしようがないでしょう。あるいは、ほかの自治体の人らが……。だから、それは、あくまでやっぱり一番の肝心の福島県にやっていっていただくということが一番いいという風に思っています。それをしっかり国としてもサポートするということで、この図式は当分これでいきたいという風に思っています。
(問)それは大臣ご自身が福島県の内実とか、なぜ帰れないのかという実情を、大臣自身がご存じないからじゃないでしょうか。それを人のせいにするのは、僕は、それは……。
(答)人のせいになんかしてないじゃないですか。誰がそんなことをしたんですか。ご本人が要するに、どうするんだ、ということを言っています。
(問)でも、帰れないですよ、実際に。
(答)えっ。
(問)実際に帰れないから、避難生活をしているわけです。
(答)帰っている人もいるじゃないですか。
(問)帰っている人ももちろんいます。ただ、帰れない人もいらっしゃいます。
(答)それはね、帰っている人だって、いろんな難しい問題を抱えながらも、やっぱり帰ってもらってるんですよ。
(問)福島県だけではありません。栃木からも群馬からも避難されています。
(答)だから、それ……
(問)千葉からも避難されています。
(答)いや、だから……
(問)それについては、どう考えていらっしゃるのか。
(答)それは、それぞれの人が、さっき言ったように判断でやれればいいわけであります。
(問)判断ができないんだから、帰れないから避難生活を続けなければいけない。それは国が責任をとるべきじゃないでしょうか。
(答)いや、だから、国はそういった方たちに、いろんな形で対応しているじゃないですか。現に帰っている人もいるじゃないですか、こうやっていろんな問題をね……。
(問)帰れない人はどうなんでしょう。
(答)えっ。
(問)帰れない人はどうするんでしょうか。
(答)どうするって、それは本人の責任でしょう。本人の判断でしょう。
(問)自己責任ですか。
(答)えっ。
(問)自己責任だと考え……。
(答)それは、基本はそうだと思いますよ。
(問)そうですか。わかりました。国はそういう姿勢なわけですね。責任をとらない、と。
(答)だって、そういう一応の線引きをして、そして、こういうルールでのっとって今まで進んできたわけだから、そこの経過はわかってもらわなきゃいけない。だから、それはさっき、あなたが言われたように、裁判だ何だでもそこのところはやればいいじゃない。またやったじゃないですか。それなりに国の責任もありますねといった。しかし、現実に問題としては、補償の金額だって、ご存じのとおりの状況でしょう。
 だから、そこは、ある程度これらの大災害が起きた後の対応として、国としては、できるだけのことはやったつもりでありますし、まだまだ足りないということがあれば、いま言ったように福島県なり、一番身近に寄り添う人を中心にして、そして、国が支援をするという仕組みでこれはやっていきます。
(問)自主避難の人には、お金は出ていません。
(答)ちょっと待ってください。あなたはどういう意味でこういう、こうやってやるのか知らないけど、そういう風にここは論争の場ではありませんから、後で来てください。そんなことを言うんなら。
(問)責任を持った回答をしてください。
(答)責任持ってやってるじゃないですか。なんていう君は無礼なことを言うんだ。ここは公式の場なんだよ。
(問)そうです。
(答)だから、何だ、無責任だって言うんだよ。
(問)ですから、ちゃんと責任……
(答)撤回しなさい。
(問)撤回しません。
(答)しなさい。出ていきなさい。もう二度と来ないでください、あなたは。

以上である。二人の議論は嚙み合っていない。自主的に避難した人たちに「6年間」も援助をおこない、それが、打ち切られたことに、このフリーランスの記者は異議を唱えている。

「帰れない人はどうするんでしょうか」「栃木からも群馬からも、千葉からも避難されています」「自己責任ですか」「責任を持った回答してください」……等、かなり強引な質問をおこなっている。これに対して、今村大臣は、「本人の責任」であり、「本人の判断」だと答えている。

政府の避難指示の範囲外から「自主的に」避難した人たちに対して、「6年間」も住宅援助してきたこと自体に驚く人もいるのではないだろうか。このフリーランスの記者と自主避難者の論理は、福島は「これからもずっと人の住めない土地」であり、そのために援助が続けられるのは「当然だ」ということにあるのだろう。

しかし、風評被害に苦しむ福島では、懸命な調査によって集められた科学データが、その手の偏見を打ち砕きつつある。福島県内の大半の地域で、放射線量は日本の他のどの地域とも変わりはしないという客観的事実が浮かび上がり、地元紙の福島民友新聞には、毎日の朝刊に、県下286か所での放射線量の測定数値が掲載されている。

だが、福島県内の線量が正常値を示し、復興してくれては困る人たちも現に存在している。それらを「都合の悪い数値」と捉える人もいるのである。いまも、数値的になんの問題もない地域から自主的に避難している人々には、これらの「数値」はどう映っているのだろうか。それらは、「援助を出せ」と迫る根拠を失わせるものであることは間違いない。

この質問の中で、フリーランスの記者は、「群馬」や「栃木」、「千葉」からの避難者に対しても「帰れないから避難生活を続けなければいけない。それは国が責任をとるべきじゃないでしょうか」と質問している。

きっと今村大臣は、「なんで、そんな人まで……」と思ったに違いないが、それでも丁寧に答えている。本来は、会見を仕切る役所の人間が、その時点で質疑をストップさせるのが当然だろう。

もう、大臣とやりとりするような話のレベルではないからだ。しかし、それを怠ったところから、今回の事態が惹起(じゃっき)されたことがわかる。

「群馬」や「栃木」、「千葉」からの避難者に対しても、私たち国民の税金から援助をしなければならないのだろうか。そもそも、なぜ「群馬」や「栃木」、「千葉」から避難しなければならないのか。風評被害に苦しむ福島の人々の姿を知る私には、とても納得することはできない。しかし、日本の新聞は、これらを以下のように報じている。

朝日新聞
〈「切り捨てたい国の本音」 自主避難者ら反発 復興相発言〉(4月6日付)
〈今村復興相 避難への無理解に驚く〉(同日社説)
毎日新聞
〈「自主避難者帰還は自己責任」 復興相発言、野党が批判〉(6日付)
〈復興相発言「悲しい」 自主避難者ら抗議次々〉(同)

まともに報じれば、大臣側に同情が集まる可能性がある。そこで、各メディアは、いつもの「ストローマン手法」を用いて、できるだけ今村大臣への怒りが増幅されるように記事を仕立て上げている。

しかし、そんな日本の新聞やテレビのやり方は、とっくにバレている。ネットでは、フリーランスの記者の質問内容に対して、喧々諤々(けんけんがくがく)の論争が巻き起こっている。新聞が、とても「若者の信頼」を勝ち取ることができないメディアになり果てたことを「再確認」させてくれる出来事だったことは間違いない。

カテゴリ: 原発

お粗末な「原発訴訟」の事実認定

2017.03.18

「この論理が通るなら、当時の首相も、各県の知事や市長、町長、村長に至るまで、多くのトップの手が“うしろにまわる”なあ」――判決のニュースが流れた時、私の頭に真っ先に浮かんだのは、そんな感想だった。

東日本大震災における福島第一原発事故で、福島県から群馬県に避難した住民が、国と東電に、およそ15億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が3月17日、前橋地裁であった。原道子裁判長(59)は、「津波を予見し、事故を防ぐことができた」との判断を示し、国と東電に総額約3855万円の支払いを命じたのだ。

私は、「国や東電は津波を予見し、本来なら事故を回避できたはずだ」という主張に対して、裁判でどんな判断が示されるのか、興味津々でこれを見ていた。しかし、正直、がっかりした。あまりに事実認定がお粗末だったからである。

もし、今回の裁判での事実認定が正しく、国も、東電も、あの大津波を「予見」し、「結果回避義務」を怠ったというのなら、当時の総理大臣(菅直人首相)も、各自治体のトップも、1万5000人を超える津波犠牲者を出したことに対する「罪」を負わなければならない。

原裁判長は、本当にこの問題における「予見可能性」と「結果回避義務」違反の意味がわかっているのだろうか。その感想は、取材に当たったジャーナリストでなくても、多くの人々が持つのではないだろうか。

私は、生前の吉田昌郎・福島第一原発所長に、長時間のインタビューをして『死の淵を見た男』(角川文庫)を著わしているので、過去、このあたりの事情を月刊誌でも記している(Voice 2013年9月号)(WiLL 2013年9月号)。

それを引用しながら、今回の判決への率直な感想を書いてみたい。多くのご遺族にとって、本当にあの悪夢のような大津波が「予見されていた」のなら、失われた愛する家族の命に対する「責任」を国や自治体に取ってもらわなければならないからである。

判決を見れば、原裁判長が、2002年7月に政府の「地震調査研究推進本部(略称・推本)」が、「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という見解を打ち出したことを重視していることがわかる。原裁判長は、これを「地震学者の見解を最大公約数的にまとめたもので、津波対策に当たり、考慮しなければならない合理的なものだった」と述べているのである。

しかし、実際には、国は、この推本の意見を採用していない。なぜなら、その5か月前の2002年2月に、公益社団法人「土木学会」の津波評価部会がこれとは全く異なる「決定論」という見解を打ち出していたからだ。

これは、基本的には、日本で過去に起こった津波には、それぞれ「波源」が存在しており、それをどう特定していくか、という理論に基づいている。その結果、具体的に「8つの波源」の存在が挙げられ、推本が打ち出した「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という曖昧な見解とはまったく異なる性質の論が打ち出されていたのだ。そして、その「8つの波源」は、福島沖にも、また房総沖にも、「なかった」のである。

では、国はこの二つの論のどちらを選択しただろうか。答えは、「土木学会」津波評価部会のものである。2006年1月、総理大臣をトップとする国の「中央防災会議」は、土木学会津波評価部会の「決定論」の方を採用し、これに基づいて、福島沖と茨城沖を津波防災の「検討対象から除外する」という方針を出したのだ。

私は、前橋地裁が、「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という曖昧な見解の方を支持し、「これで津波対策を福島でもしなければならなかった」というなら、国が土木学会津波評価部会の「決定論」を採用したことに対して「瑕疵(かし)がある」と、その理由を説明しなければならないと思う。だが、そのことについて納得できる前橋地裁の見解はなかった。

推本に拠って立てば、当然、「福島沖」も「房総沖」も含まれるわけで、要は、そこに20メートルの巨大防潮堤を建設していけば、国は、責任を果たした、ということになるのだろうか。しかし、「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という曖昧な論に、そんなことができたと思うだろうか。

私は、今回の判決で最もお粗末だと思ったのは、東電が最大波高「15・7メートル」の津波を試算し、「実際に津波が来ることを予見していた」と認定したことである。

「えっ、本当か」と私は驚いてしまった。故・吉田昌郎・福島第一原発所長に生前、私は長時間のインタビューをしている。その中で、この最大波高「15・7メートル」の津波を試算した時のことも直接、聞いている。

吉田氏は2007年4月、東電の本店に新設された原子力設備管理部の初代部長に就任したが、その3か月後の7月16日、新潟中越沖地震に遭遇した。東電の刈羽・柏崎原発のエリアはマグニチュード6・8の地震に見舞われ、その驚愕の揺れと吉田氏は向き合うことになる。

2010年4月に福島第一原発所長に就いた吉田氏は、中央防災会議が採用した土木学会津波評価部会の「決定論」が正しいのかどうか、検証を試みている。具体的には、土木学会への現場からの「再度の検討依頼」である。

国が採用したのは、津波を起こす「波源」の存在を示した土木学会の説である。しかし、その「波源」の存在と位置を見誤れば、大変なことになってしまう。吉田氏は、そこで、明治三陸沖地震(1896年発生)で津波を起こした波源が「仮に福島沖にあったとしたら、どういう数字が出て来るのか」という“架空の試算”を命じたのである。

それは、実に大胆なやり方だった。つまり、明治三陸沖地震の津波を起こした波源を「三陸沖」から「福島沖」に下ろしてきて、「もし、この波源が仮に福島沖にあったなら、どんな波高になるだろうか」という試算をさせたのである。

吉田氏は、私に「もし、土木学会津波評価部会が打ち出した波源の位置や存在そのものに間違いがあったら困るので、仮に、明治三陸沖地震の津波を起こした波源が福島沖にある、として試算したのです。波源を見落とされていたら、困りますからね。その結果、最大波高15・7メートルという数字が出てきたのです。その試算結果を持って、土木学会の津波評価部会に福島沖は大丈夫でしょうか、という再検討を依頼しました」と語った。

つまり、15・7メートルの最大波高というのは、「仮に明治三陸沖地震の津波を起こした波源が、福島沖にあったならば」という「架空」の試算であり、実際のものに対するものではなかった。

私は、吉田氏が逝去した際、主に新聞メディアによって、この「15・7メートルの最大波高」に対する誤った認識が流布されたので、今から4年前に前掲の月刊誌2誌にそのことを詳しく書かせてもらった。

しかし、今回の前橋地裁の判断では、この肝心の東電の試算が、あたかも「東電が巨大津波が襲ってくることを認識していた」という「根拠」にされているのである。私は、デビュー作のノンフィクション『裁判官が日本を滅ぼす』以来、日本の官僚裁判官の事実認定のお粗末さを指摘してきたが、今回もご多聞に漏れず、あやふや、かつ、お粗末な認定という感想を抱いた。

原裁判長は、国に対して推本の見解から5年が過ぎた2007年8月頃には、「自発的な対応が期待できなかった東電」に対し、「対策を取るよう権限を行使すべきだった」と述べている。そして、国による権限の不行使に対して、「著しく合理性を欠く」とした。

私は、日本の裁判で「いつものように」おこなわれている“アト講釈”の結論に対して官僚裁判官の限界を見る。1万5000人を超える犠牲者を出したあの悲劇の大津波に対して、「予見できた」というのなら、その理由を「もっと明確に示して欲しい」と、国民の一人としてしみじみ思う。そして、それで間違いないなら、当時の国のリーダーにも、自治体の首長にも、もちろん東電の首脳にも、大いに責任を取ってもらいたい。

カテゴリ: 司法

日本学術会議への「訣別」

2017.03.09

科学者の役割とは何か。人類の進歩に寄与し、平和の実現をはかり、人々の幸福に貢献すること。そのために努力を惜しまず、常に技術革新をはかり、持ちうる能力を可能なかぎり発揮する――そのことに異論を差し挟む向きは少ないだろう。

しかし、最近、私は驚くべき報道に接した。日本の科学者が集結する「日本学術会議」が、「私たちは、軍事研究を行わない」という声明案をまとめたというニュースである。思わず、「えっ?」と目を剝(む)いた向きも少なくないだろう。

日本に向けた中国や北朝鮮からの弾道ミサイル等、連日のニュースを見ていると、素人でも「いよいよ自分たちの命が危ない」という危機意識が切実なものになっていることを感じる。朝鮮中央通信は7日、前日におこなった弾道ミサイル発射について、有事の際に在日米軍基地への攻撃を担う朝鮮人民軍戦略軍火星砲兵部隊による「訓練だった」と報じた。

ついに北朝鮮が「在日米軍基地」をターゲットにしていることと、そのために運用されている特殊部隊の存在を明らかにしたのである。

力による現状変更を東アジア全域で堂々とおこなう中国と、血のつながった兄弟でさえ暗殺し、人民の殺戮(さつりく)をなんとも思わない独裁者に率いられる北朝鮮。そんな国をすぐ隣に抱えた日本は、彼らが持つ弾道ミサイルから自分たちの命をどう守るか、という真剣な課題に向き合っている。

そんな中、当の科学者たちの総本山である日本学術会議が、「軍事研究は行わない」と声明するのだそうだ。「おいおい、何をバカなことを言っているのか」と声を上げても、彼らには通用しないだろう。

なぜなら、彼らの頭の中は、いまだに70年前のままで、目前に迫っている核攻撃や弾道ミサイルの恐怖、あるいは、国際社会が直面しているテロとの闘いという現実が、どこか「別の世界」のことと考えているようなのである。

私には、いつも言わせてもらっている「DR戦争(Dはドリーマー、夢見る人。Rはリアリスト、現実を見ている人)」という言葉が今回も浮かんできた。

彼らドリーマーたちは、移り変わる国際情勢も、進歩する軍事技術も、日々、危険に晒されていく人々の命も、なにも考慮はない。ただ、「軍事研究」とは、人を殺害する武器を「つくるものである」という小学生並みの単純論理しか、存在しないのである。

アインシュタインも後悔した核兵器の研究・開発。核兵器とは、科学者がつくり出した究極の悪魔の兵器であり、このようなものをつくり出した「科学者という存在」を本当に恨みたいと思う。だが、一方で、もし、その核兵器を「無力化」する研究をおこない、人類の平和と幸福に寄与する科学者がいたとしたらどうだろうか。

虎視眈々と日本を狙う核ミサイルをどう「無力化」するか。直接これを空中爆発させる百発百中の迎撃システムを開発するのか、それとも電磁波をはじめ、あらゆる電波、もしくは波動を利用した無力化の新システムを構築するのか。それをおこなうのは、悪魔の兵器をつくりあげた「科学者」に課せられた「使命と責任」でもあるはずである。

あのロバート・オッペンハイマーが率いたマンハッタン計画の科学者たちを「悪魔の集団」とするなら、それを「無力化するもの」を開発し、人類の生命と生存空間を守る科学者たちは、まさに「神の科学者」というべき存在になるだろう。

しかし、軍事研究イコール殺戮の武器研究という「単純正義」に基づくイデオロギー集団と化した「日本学術会議」には、そんな科学者としての「使命や責任」を理解するレベルにはない。それは、人類史における科学の真の意義を放棄したものとも言える。

国民は、自分たちの税金がこんな「日本学術会議」のようなイデオロギー集団のために一銭たりとも使われることを拒否すべきだと思う。一方で、平穏に暮らす私たちの子供たちの命を守ってくれる科学者たちの研究には、本当にどれだけの税金が使われても構わない、と思う国民は多いだろう。

本来の科学者の「役割と使命」を知る人々が、こんなドリーマー集団からは早く抜け出して「新団体」をつくって欲しいと思う。なぜなら、私たちにとって自分たちの命を守るために許された時間は、実はそう長くはないからだ。

北朝鮮が、核弾頭の小型化と起爆装置の開発を果たしたのかどうか。中国のネットで飛び交う「南京虐殺の次は“東京虐殺”」というやりとりを見る度に、私は、「日本の科学者は何をやっているのか」と思う。志ある科学者と、彼らが集結する新科学者団体の登場を心から待ちたい、と思う。

カテゴリ: 歴史

「日・台・中」を知る上で絶対に忘れてはならない事件

2017.02.26

「二二八事件」を知っていますか? そう聞いて、「はい、知っています」という人は、日本では、なかなかいない。「“二二六事件”の間違いではないですか」と問い返されるケースがほとんどだ。

しかし、「この事件を知らないと、“日本―台湾―中国”の真の関係はわかりませんよ」と、私はいつも言わせてもらう。そう、台湾がなぜこれほど「親日」なのか、あるいは、台湾の人たちが「一つの中国」をなぜ拒否しているのか。これを知らなければ、とても理解できないだろう。「現代の東アジア」を考える上でも、それは、外すことができない出来事なのである。

今日、私は、羽田発朝7時25分のチャイナ・エアラインで、台北にやって来た。昨年の総統選取材以来、ほぼ1年ぶりだ。明日(27日)は「台北」で、あさって(28日)には「台南」で、この「二二八事件」に関連して、講演をさせてもらうためだ。

講演の中身は、まさに「二二八事件」と21世紀における「日本―台湾―中国」との関係について、である。到着早々、私は、さっそく中央廣播電台(台湾国際放送)に招かれ、約1時間にわたって、「二二八事件」が現代に問いかける意味を話させてもらった。

今から70年前の1947年2月28日に勃発した民衆蜂起――日本に代わって為政者となった中国人に対するこの激しい抗議行動は、台湾人(本省人)に無惨な結果を生む。台湾全土で民衆が逆に弾圧、虐殺され、それから38年間にも及ぶ世界最長の戒厳令下における“白色テロ”の時代を台湾は迎えるのである。

なぜそんなことが起こったのか。それは、日清戦争終結による下関条約で割譲された台湾の50年間に及ぶ「日本統治」を抜きには考えられない。

日本による統治とは、厳格な「法治社会」と、識字率90%・就学率70%という当時では世界でも珍しい「高教育社会」を台湾にもたらしたことで知られる。しかし、第二次世界大戦の日本敗北によって、台湾は大変な激変を経験する。

日本人(内地人)が去り、新たな統治者となった蔣介石率いる国民党の政治に台湾人は愕然とする。食料品、農作物、工業品が「接収」という名のもとに収奪され、新たな製品を生み出す工場の機械類から日本軍が残した武器類に至るまで、台湾財産の多くが奪われ、大陸に運ばれていったのだ。

私腹を肥やすだけでなく、これらは毛沢東率いる共産軍との「国共内戦」の戦費として消えていった。汚職が蔓延する社会の到来と、食糧不足で飢餓状態に陥った中で進行する猛烈なインフレ。生活苦から自殺者が続出する中で、1947年2月27日に闇たばこ売りの寡婦が警察官に殴打された事件をきっかけに、翌28日、民衆の怒りが爆発。全土に民衆蜂起が燎原の火のごとく広がったのである。

しかし、蔣介石は精鋭の第21師団を台湾に派遣し、これを逆に好機と捉えて、全土でエリート層を狙い打ちした虐殺事件を引き起こした。これが、二二八事件だ。犠牲者の総数は2万人を超え、日本時代のエリート層は壊滅した。

中国人が持つ残虐性に台湾人は驚愕し、瞑目した。「外省人(戦後、蔣介石と共に大陸から渡ってきた中国人)」と「本省人(もともと台湾に住んでいる台湾人)」との今もつづく拭い難い亀裂は、このとき始まったのである。

私は、事件の70周年を機に、台南市で国民党軍の弾圧から台湾人を救うべく奔走し、最後は、自分自身も処刑された日本人、「坂井徳章弁護士(台湾名・湯徳章)」の生涯を描いた『汝、ふたつの故国に殉ず』を日本と台湾で同時出版した。

父は日本人警察官、母は台湾人女性という、生まれながらにして“日台の絆”を表わす坂井弁護士は、無実の罪を着せられて処刑される際、「誰かに罪があるとすれば、私一人で十分だ!」「私には“大和魂”の血が流れている!」「台湾人、万歳!」と叫んで果てた。

2014年、坂井弁護士は、実に死後67年を経て、命日である3月13日が台南市の「正義と勇気の日」に制定され、名実ともに「台湾の英雄」となった。今も、台南に行けば、涙ながらに坂井弁護士の遺徳を語ってくれる市民は少なくない。

自分の身を犠牲にしてまで多くの台南市民を救ったこの快男児は、その名を冠した台南中心部の記念公園と共に、決して台湾の人々に忘れられることはないだろう。

あさって2月28日は、台北をはじめ、台湾各地で70周年の「追悼式典」が開かれる。私は、坂井弁護士が非業の死を遂げた台南市の追悼式典に出席し、そのまま台南市の国立台湾文学館で講演をさせてもらうことになっている。

なぜ台湾の人々は、頑強に「ひとつの中国」を拒否するのか。なぜ彼らは、世界一の「親日国」なのか。それは、坂井弁護士をはじめ、台湾のために尽くし、毅然と死んでいった多くの日本人の存在を知らずして理解はできないだろう。

昨年、台湾では、蔡英文率いる民進党が総統選・立法院選の両方を制し、真の意味で初めて本省人の政権を樹立した。そして、蔡英文女史は、昨年11月、 1971年に正式の国交が断絶されて以来初めて、台湾総統としてアメリカのトップ、ドナルド・トランプ氏と電話会談し、「プレジデント・オブ・タイワン」と呼びかけられた。

国際司法裁判所の判断を無視して、南シナ海で他国の領土に軍事基地を建設する中国。力による現状変更を強引につづけるこの中国を前に、「台湾」は、そして「尖閣」はこれからどうなっていくのだろうか。多くの犠牲のもとに、やっと手に入れた「自由」「人権」「民主」という普遍的価値は、一体、どうなっていくのだろうか。

二二八事件70周年にあたって、そんなことを私たち日本人も考えたいと思う。そして、日本と台湾とアメリカの連携で、東アジアの平和を守る決意を新たにして欲しいと心から願う。

カテゴリ: 台湾

「だから距離を置きなさい」それが韓国ですから

2017.01.27

「えっ、そんな馬鹿な」と絶句しても、詮(せん)無いことである。なぜなら、それが韓国という国だからだ。理屈も、常識も、道理も、正義も、さらに言えば、法理も通じない国――それが彼(か)の国である。

長崎県対馬市の観音寺から盗まれた仏像「観世音菩薩坐像」に対して、韓国・大田地裁は、韓国の「浮石寺」に仏像を引き渡すよう命じた。さすがにこの判決には、日本人どころか、世界中の人々が目を丸くしただろう。

所有者である盗まれた側の対馬市「観音寺」は、寺の宝を返却してもらうべく、さまざまな方策を講じた。しかし、その願いは一蹴された。「理屈が通らない国というのはわかっていた。韓国とは、永遠にわかり合えないでしょうね」と判決を知った観音寺ご住職が吐き捨てたのも、よくわかる。

2013年2月、そもそも韓国・大田地裁は、仏像返還の「差し止めの仮処分」を出していたことから、今回の異常判決も、ある程度は予想されていた。しかし、盗まれた仏像を返さないために、「どんな理由を持ってくるのか」、そこに注目が集まっていた。

判決の理由はこうだ。これまでの研究で、観音寺の仏像は1330年頃、浮石寺の本尊として造られたことが明らかになっている。浮石寺側は「14世紀に倭寇によって略奪された」と主張し、それを全面的、かつ、一方的に認めたものだった。

だが、歴史的には、以下のような「常識」が存在する。500年も続いた李氏朝鮮では、儒教を保護して国を治めたため、仏教は目の仇にされ、弾圧によって多くの寺が焼かれ、貴重な仏像が破壊されていった。その破壊行為から逃れるために、仏像が対馬や九州に渡った事例は数多い。

長年の研究によって、そのことは、いわば「学会の常識」ともなっている。そして、その学説通り、対馬では、李氏朝鮮による仏教弾圧を逃れるため、仏像は、島に持ち込まれたものだ、と伝わっている。

しかし、大田地裁のムン・ボギョン裁判長は、「略奪や盗難で対馬に渡ったとみるのが妥当であり、浮石寺の所有と十分に推定できる」として、「返還は認めない」と判決を下したのである。

では、その結論を導いた証拠はどんなものがあったのか。答えは、「なし」である。ムン裁判長は、「略奪や盗難で対馬に渡った」と言いながら、その根拠は示さず、さらに法廷で立証を命じてもいなかった。つまり、ムン裁判長は、証拠に基づかず、仏像は、「対馬」による「略奪と盗難」によって渡った、としたのである。

実は、「証拠」に基づかず、「感情」で判決を導くのは、韓国司法界の極めて顕著な特徴だ。日韓請求権協定で、請求権が消滅しているにもかかわらず、日本企業に対する異常判決は枚挙に暇(いとま)がない。

日本や日本企業に対する訴訟なら、「時効の壁」も、「請求権消滅」の壁も、そして、たとえ「証拠や証人」がなくても、本人の「法廷証言」だけで「勝訴する」のは、それこそ韓国司法界の常識だ。要するに「反日」であれば、なんでも認められるのが、韓国という国なのである。

私は、そんな韓国と1年5か月にわたって法廷闘争を繰り広げた加藤達也・産経新聞元ソウル支局長と雑誌で対談した際、「“情治国家”である韓国には国際常識も、法理論も、一切、通じない。対策は、ひたすらこの国と“距離を置くこと”だけだ」という結論で一致した。

私たちのできることは、それでも韓国との「利権」にしがみつく日本の政治家たちをどうウォッチしていくか、にある。そして、韓国との通貨交換(スワップ)協定の交渉再開を目論む財務官僚、さらには、早期の駐韓大使の帰任を策す外務官僚たちを、どう監視していくかにある。

私たちは、呆れるような「反日無罪」の国に翻弄されることなく、毅然と距離を保ち、自らの異常性を彼らに知ってもらうほか、解決策は存在しないことを認識すべきなのである。問われているのは、韓国の側ではなく、私たち「日本人の側」であることを忘れてはならない、と思う。

カテゴリ: 国際

安倍首相「真珠湾訪問」の本当の意味

2016.12.29

多くの意味を持つ安倍首相の真珠湾訪問だった。「和解の力」と「お互いのために」――両首脳の言葉を借りれば、そんな簡潔なものに集約されるかもしれないが、この訪問の意味は、それ以上に、はかり知れないものだったと思う。

日本が置かれている状況を冷静に分析すれば、今回のオバマ-安倍の「最後の日米首脳会談」は、いよいよ牙を剥(む)き出しにしてきた覇権国家・中国から日本を守るための切実なものだったことは確かだ。

折も折、この訪問に合わせるかのように、中国人民の“愛国の象徴”である空母『遼寧』が空母群を構成し、初めて第一列島線を突破して西太平洋に入り、デモンストレーションをおこなったのが象徴的だ。

南シナ海で、圧倒的な軍事力を背景に他国が領有権を主張する島嶼(とうしょ)に軍事基地を建設し、さらに虎視眈々と次なるターゲットへと領土拡張への動きを見せる中国。今回のオバマ―安倍会談で、真っ先に中国の空母群の西太平洋進出のことが取り上げられ、「注視すべき動向だ」と語り合ったことは頷ける。

中国の軍備拡張は、今や宇宙空間を制する、いわゆる「制天権」獲得にまで進んでいる。キラー衛星を駆使して、宇宙戦争でもアメリカを凌駕しようという並々ならぬ決意は「見事」というほかない。

アメリカの空母群を殲滅(せんめつ)する能力を持つと言われる対艦弾道ミサイルの急速な進歩と整備も脅威だ。しかし、そんなハード面よりさらに怖いのは、中国のしたたかな内部離間工作である。

沖縄から米軍基地を撤退させるための工作は、東シナ海制覇のためには必要欠くべからざるものだ。天然資源の宝庫と言われる東シナ海は、中国がどうしても手に入れなければならないものである。人民の中流化・富裕化とは、そのまま中国にとって「絶対資源の不足」を意味するものだからだ。

そのためには、沖縄に米軍基地が存在してもらっては困るのである。案の定、今回の安倍首相の真珠湾訪問に対する、予想どおりの非難が中国や韓国から巻き起こっている。そして、これまた“予想どおり”、そういう中国と韓国による日本への反発をつくり出してきた日本の“進歩的メディア”や人々から「罵り」が聞こえていた。

70年代に跋扈(ばっこ)した、いわゆる“反日亡国論”を唱えた人々、あるいは、その系脈に連なる人々である。私は、その有り様を見ながら、日本が、ここまで中国や韓国と離間しなければならなかった理由を改めて考えさせられた。

あれだけ「謝罪」しつづけ、「援助」しつづけ、「頭(こうべ)を垂れ」つづけた結果、中国と韓国との関係がどうなったかを日本人は知っている。それが、実は、日本の一部のメディアがつくりあげた虚偽や離間工作によって“成し遂げられた”ものであることも、今では明らかになっている。

それだけに腹立たしいし、今後もつづくだろう中・韓への日本のメディアによる“煽り”ともいうべき報道が、これからの日本人にどれだけ多くの「災厄をもたらすか」を考えると、暗澹たる思いになるのは私だけではないだろう。

2017年以降、東アジアの行方は、まったく混沌としている。当初、信頼関係をなかなか築けなかったオバマ大統領と安倍首相が、最後にはここまで「友情」と「信頼」の関係を構築したことは、トランプ次期大統領との関係にも「期待」を抱かせてくれる。

だが、トランプ氏を自分の陣営に引き寄せようと、日本と中国が熾烈な戦いを繰り広げる本番は、「これから」だ。世界の首脳に先がけてトランプ氏との会談を実現し、まず信頼構築の第一歩を踏み出した安倍首相。幸いに“対中強硬派”を次々、登用するトランプ氏の方針が明らかになり、第1ラウンドを日本側が制したのは、間違いない。

しかし、それで安心はできない。トランプ氏には、中国とのビジネス上のチャンネルは数多くあり、もともとの人脈から言えば、日本など比較にならない。さらに言えば、トランプ氏の直情径行とも言える簡潔な思考方法も気になる。

私は、沖縄からの“電撃的米軍撤退”は、あり得ると思っている。つまり、トランプ氏が「沖縄の人々がそこまで米軍の存在が嫌なら、沖縄を放棄してグアムまで撤退しようじゃないか」と、いつ言い出すか予測がつかない、ということだ。

日本のメディアは、「地元民」として登場する反対運動の活動家たちの正体を一向に報道しない。つまり、基地反対運動を展開しているプロの活動家が「本当に沖縄県民の意見を代表しているのか」ということである。

尖閣諸島がある石垣市の市長が、沖縄本島の有り様に苛立ちを強めている理由もそこにある。中国の脅威に最前線で晒されている石垣島の漁民にとって、沖縄で地元民のふりをして活動をつづける“プロ市民”の存在は、本当に腹立たしいだろう。

すでに、中国による沖縄からの米軍撤退工作は、佳境に入っている。今年5月、中国は、沖縄の地元紙や大学教授、ジャーナリスト、文化人等を北京に集め、「琉球・沖縄最先端問題国際学術会議」なるものを開催している。

これは、沖縄の独立や米軍基地問題(つまり、撤退問題)などをめぐって意見を交わすシンポジウムで、主宰研究会の理事には、国防相まで務めた人民解放軍の元上将などが名前を連ねている。

参加した沖縄の大学教授の一人は、この研究会のホームページで、「われわれの目的は琉球独立だけでなく、軍事基地を琉球から全部撤去させることだ」という宣言までおこなっている。

こんなものが公然と中国政府の肝煎りで北京で開かれるほど、沖縄からの「米軍撤退工作」と、内地と沖縄との「離間工作」は本格化しているのである。

あらゆる階層で、あらゆるチャンネルを通して、中国は「日本の分断」をはかっている。それを横目に、オバマ―安倍の最後の日米首脳会談は終わった。

今回の訪問のもうひとつの意味を最後に書いておきたい。それは、安倍首相が、真珠湾攻撃で戦死した飯田房太海軍大尉(死後、2階級特進で中佐)の碑(いしぶみ)を訪れたことである。

安倍首相が、郷土・山口の大先輩である飯田大尉の碑を訪ねたことは、大きな意味を持つと私は思う。「耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます」という言葉から始まったスピーチの中でも、安倍首相はこの飯田大尉のことに触れている。

「昨日私は、カネオへの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑を訪れました。その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのをあきらめ、引き返し、戦死した戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。

彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けた側にいた米軍の人々です。死者の勇気を称え、石碑を建ててくれた。碑には、祖国のために命を捧げた軍人への敬意を込めて、“日本帝国海軍大尉”と当時の階級を刻んであります。

The brave respect the brave.
“勇者は、勇者を敬う”

アンブローズ・ビアスの詩(うた)は言います。戦い合った敵であっても敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。そこにあるのは、アメリカ国民の寛容の心です」

私は、このスピーチに聞き入ってしまった。飯田大尉は、日中戦争で成都攻撃もおこなった指揮官の一人であり、その時のことは、3年前に亡くなった角田和男・元中尉(94歳没)から私は直接、伺っている。

高潔な人柄と、先を見通す卓越した感性は、同期の海軍兵学校(62期)の仲間の中でも抜きん出ていたと思う。真珠湾攻撃で被弾し、空母『蒼龍』への帰投をあきらめた飯田大尉は、米軍基地の格納庫に突入して、壮烈な戦死を遂げた。

敵とはいえ、その勇敢さに驚嘆した米軍兵士たちは、四散した飯田大尉の遺体を拾い集め、丁重に葬った。そして、1971(昭和46)年には記念碑が建てられ、安倍首相は今回、そこを訪れ、献花したのである。

被弾によって帰還をあきらめた飯田大尉の悲壮な決断は、のちに米軍を苦しめる神風特別攻撃(特攻)へと連なるものである。若者を死地に追いやったあの「特攻」ほど、戦争の無惨さ、虚しさを後世に伝えるものはないだろう。

だが、あの攻撃によって米軍が恐怖に陥り、“カミカゼ”というだけで、米軍兵士がある種の畏敬の念を表するようになったのも事実である。それが、飯田大尉の記念碑建立へとつながっていったことを私は聞いている。

今年は、私にとっても、さまざまなことがあった年だった。拙著『太平洋戦争 最後の証言(零戦・特攻編)』、あるいは『蒼海に消ゆ』といった特攻を扱ったノンフィクション作品の中で、貴重な証言をいただいた元士官たちが、次々と亡くなった1年だったのだ。

1月には、福岡・久留米在住の伊東一義・元少尉(93歳没)、5月には、広島・呉の大之木英雄・元大尉(94歳没)、同じく5月には、長野市の原田要・元中尉(99歳没)が大往生を遂げた。原田さんもまた、角田元中尉と同じく飯田大尉の部下だった。

特攻で死んでいった仲間たちの無念と彼らの思いを淡々と話してくれた老兵たちが、相次いで亡くなった2016年の最後に、まさか飯田房太大尉のニュースが飛び込んでくるとは予想もしていなかった。

それだけに、あの太平洋戦争で還らぬ人となった日本とアメリカの若者たちに、深く頭を下げ、「本当にご苦労さまでした。なんとしても、皆さんのためにも平和を守りたいと思います」と心の中で誓わせてもらった。

波乱の予感がする2017年が平穏な日々であって欲しいと願うと共に、日本が、偏った報道から脱皮し、他国の離間工作に翻弄されることなく、世界の現実を直視して、きちんと物事を判断できる国になっていくことを心から期待したい。

カテゴリ: 中国, 国際

今、なぜ「台湾」なのか

2016.12.15

本日、衆議院第一議員会館の1階多目的ホールで『湾生回家』が上映された。国会議員を対象にした上映会だったが、私も案内をいただいたので、観させてもらった。

湾生とは、戦前の台湾で生まれ育った約20万人の日本人を表す言葉である。日清戦争に勝利した日本は、1895年、下関条約によって、清国が“化外(けがい)の地”と称していた台湾を割譲された。

以降、太平洋戦争に敗れる1945年までの50年間、日本は台湾を統治し、多くの日本人が台湾に渡った。台湾の人々と共に日本人は台湾の発展のために力を尽くした。その日本人の台湾で生まれた子供や孫は、いうまでもなく台湾を「故郷」とする日本人である。彼らが、「湾生」だ。

日本の敗戦で台湾を離れることを余儀なくされた齢八十を超えた湾生たちに密着し、台湾への郷愁、父や母への思いを丹念に描き出したドキュメンタリー映画が『湾生回家』である。また、芸妓をしていた母親と2歳の時に別れた日本女性が台湾人の妻となり、老齢を迎えて病に倒れたものの、その娘と孫娘が執念で、日本での墓参を叶えるシーンは涙なしでは観ることのできないものだった。

私の耳には、会場のあちこちからすすり泣きが聞こえてきた。感動のこの映画を観ながら、私は、台湾がこれほど「クローズアップされている」ことに対しても、心を動かされた。

というのも、先週、私もまた、日本と台湾の切っても切れない“絆”を表わすノンフィクションを日台同時発売で刊行したばかりだからだ。拙著『汝、ふたつの故国に殉ず』(角川書店)は、日本人の父と台湾人の母を持つ坂井徳章(台湾名・湯徳章)弁護士が、1947年の「二二八事件」で、自分の身を犠牲にして、多くの台南市民を救った姿を描いたものである。

「私の身体の中には、大和魂の血が流れている」「台湾人、万歳!」と叫んで永遠の眠りについたこの英雄の命日は、2014年、台南市で「正義と勇気の日」に制定された。私は、この映画に登場する湾生たちを観ながら、“ふたつの故国”に殉じた坂井弁護士の心情を思わずにはいられなかった。

日本と台湾の人々がお互いを尊重し、真心と真心が通じ合った「歴史」を共有し合っていることに、私は感動する。台湾で「あなたの一番好きな国はどこ?」という単一回答のアンケートをおこなうと、2位(中国)と3位(アメリカ)に、ほぼ「10倍」の差をつけて、日本がダントツの「1位」という結果が出て来る。友情と思いやりを基礎に、これほど深い信頼を築いた二国間の関係というのは、他には例を見ないだろう。

12月2日のトランプ米次期大統領と蔡英文・台湾総統との電撃的な「電話会談」から2週間。トランプ氏は、この電話会談の前に、中国が南シナ海で進めている軍事施設の建設について情報当局から3時間に及ぶ説明を受け、その際に「元に戻せないのか」と激怒していたことが報じられている。

また、FOXテレビのインタビューで、従来の“ひとつの中国”政策を維持するかどうかは、「中国の貿易、外交政策次第だ」と、踏み込んだ発言をおこなった。まさに、“ひとつの中国”、つまり「台湾併呑」と「南シナ海の完全支配」を目指す中国に、「ノー」の姿勢を打ち出したのである。

一方、中国共産党系の「環球時報」は12月12日、「トランプ氏は、ビジネスしかわかっていない。外交を虚心に学ぶ必要がある」と批判し、「中国は断固として戦わなくてはならない」と、猛反発した。

激動を予感させるそんな時代を前にして、私は、「今なぜ台湾なのか」という思いで、今日、『湾生回家』を観ていたように思う。世界が「台湾」の存在を注視し、さらに覇権国家・中国の動向に目を光らせる「時」が、ついに来たのである。

日本では、政治家もマスコミも、「中国」と聞けば、ただ「ひれ伏す」だけの時代が長くつづいた。しかし、今日、『湾生回家』を一緒に観た政治家たちには、よもやそんな人はいまい。

互いを尊重し、真心と真心が通じる台湾の人々の思いに応えてくれる政治家やマスコミが、少しでも増えていくことを心から願いたい。

カテゴリ: 台湾

「トランプ-蔡英文」衝撃会談の意味

2016.12.03

中国にとって、アメリカのトランプ次期大統領による“衝撃的”な出来事がつづいている。最大のものは、本日、トランプ氏が台湾の蔡英文総統と「電話会談をおこなった」ことだ。

台湾の総統とアメリカの大統領や次期大統領とのやりとりが「公になった」のは、1979年の米台断交後、もちろん初めてのことだ。

中国にとって、何が衝撃だったのか。それには、まずアメリカの「台湾関係法」を理解しなければならない。「ひとつの中国」を原則にして、歴史的な米中国交正常化が成った1979年、アメリカは、台湾(中華民国)を守ることを目的とした「台湾関係法」をつくった。

これは事実上の「軍事同盟」であり、それまでの米台間のすべての「条約」や「協定」は維持されることになった。つまり、アメリカは、台湾を「国家同様に扱う」ことを定め、責任を持って「守り抜く」意思を明らかにしたのだ。

アメリカは中国に対して「貴国とは、国交を樹立する。しかし、それは中華民国(台湾)との関係を完全に断つという意味ではない。わが国は、どんなことをしても中華民国を守る」と宣言したのである。

それは、たとえ第二次世界大戦終了の4年後(1949年)に成立した中華人民共和国と国交を結んだとしても、連合国軍の大切な仲間であった「中華民国を見捨てることはしない」という強烈なアメリカの意思表示であり、人道的な決意によるものだった。

これによって、中国の「台湾侵攻」は、永久的ではないにしても、封殺を余儀なくされた。中国にとっては、仮に台湾侵攻をおこなうとすれば、「中米戦争の勃発」を意味するものになったのだから無理もない。アメリカの姿勢は、日本が台湾に対しておこなった1972年の「日華断交」とは根本的に異なるものだったと言える。

しかし、逆に考えれば、中国にとっては、「アメリカに方針転換さえさせれば、台湾をどうとでもできる」ということも意味する。歴代のアメリカ大統領とは“異質な”トランプ氏の登場は、ある意味、中国には、「待ちに待ったチャンス」だったのである。

だが、世界の首脳に先がけて日本の安倍首相がトランプ氏との直接会談にこぎつけて以降、中国の旗色は悪い。11月14日に習近平国家主席は、電話で当選への祝意を伝えたとはいうものの、トランプ氏から中国への尊重や敬意の思いは未だに伝わってこない。

一方、あれだけオバマ大統領に罵声を浴びせていたフィリピンのドゥテルテ大統領が昨日、トランプ氏と電話会談をおこない、これまた良好な米比関係に向かって第一歩を踏み出した。テレビに映し出された会談中、そして会談後のドゥテルテ大統領の満面の笑みは、親密な関係を築けた証明とも言える。

そして、今日の蔡英文総統との電話会談である。ここで重要なのは、蔡総統がトランプ氏に「台湾の国際社会への参画」に対して理解を求めた点である。トランプ氏の返答がいかなるものだったのかは、詳らかになっていないが、筆者には、台湾の政府関係者から「(台湾)外交部にはトランプ氏の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏と大学時代の親友がおり、彼を通じてトランプ氏の台湾への理解は相当深いと聞いている」という話が伝わっている。

国防長官に“狂犬”の異名をとるジェイムズ・マティス退役大将が指名されたことが明らかになった直後に、ドゥテルテ、そして蔡英文という二人の首脳との電話会談をおこなったトランプ氏。中国にとって“対米防衛ライン”とされる日本-台湾-フィリピンという「第一列島線」の首脳がいずれもトランプ氏との「関係強化」を現実のものにしつつあることをどう捉えるべきだろうか。

トランプ氏がよく比較されるロナルド・レーガン元大統領は、1980年代の任期「8年間」に強気の姿勢を一切崩さず、SDI構想(戦略防衛構想、通称スター・ウォーズ計画)によって、ついにソ連の息の根を止め、冷戦を「終結」させた歴史的なアメリカ大統領となった。

当時のソ連に代わる超大国にのし上がった中国に対して、果たしてトランプ氏はどんな政策を打ち出すのだろうか。今日の「トランプ-蔡英文」会談の報を受けた中国の王毅外相は、報道陣を前にして、「(これは)台湾のこざかしい動きに過ぎない。国際社会が築いた“ひとつの中国”という大局を変えることはありえない!」と吐き捨て、激しい動揺と苛立ちの深さを浮き彫りにしてしまった。

トランプ氏の登場は、南シナ海や東シナ海での傍若無人な中国の動きに今後、どんな影響をもたらすのだろうか。外交とは「生き物」である。大統領選の最中とは異なり、共通の価値観を持つ先進資本主義国のリーダーとして、トランプ氏に世界の“意外な”期待が寄せられつつあるのは確かだろう。

カテゴリ: 中国, 台湾

流動化する「韓国情勢」の先にある懸念

2016.11.30

昨日、帝国ホテルで第25回山本七平賞(PHP研究所主催)の受賞パーティーがあり、出席させてもらった。受賞者は、『なぜ私は韓国に勝てたか 朴槿恵政権との500日戦争』(産経新聞出版)の加藤達也・産経新聞編集委員で、特別賞には、読売新聞編集委員の三好範英氏による『ドイツリスク』(光文社新書)が選ばれた。

両作とも大変な力作だったので、妥当な受賞だったと思う。かくいう私も、6年前にこの賞をいただいた。今回は、二人の受賞者が共に「新聞記者」ということで、多くの新聞社幹部が集うパーティーとなった。

新聞記者の知り合いが数多くいたので、旧交を温めることができたパーティーでもあった。しかし、なんといっても、話題は、この授賞式の当日に、朴槿恵大統領が「辞意を表明した」ことだろう。

加藤前ソウル支局長は、受賞の喜びを「大変栄誉ある賞をいただき光栄です。韓国では、裁判所も検察も、政治の力によって動きます。この本が、日本人の韓国への理解を促す一助になれば幸いです」と挨拶した。

加藤氏は、朴槿恵大統領への名誉毀損で起訴され、出国停止状態のまま闘い抜き、無罪判決を勝ち取った人物である。加藤氏がコラムで書いた「セウォル号事件」の際の“空白の7時間”がまさに大問題となり、ついに朴氏が辞意を表明するに至ったというのは、なんとも感慨深い。

会場には、山本七平賞の選考委員でもある呉善花さんもいたので、久しぶりに話をした。彼女もまた朴大統領の辞任には、特別の感慨を持っていた。

しかし、与党セヌリ党の朴大統領の失脚は、当然ながら、野党勢力の伸長を促し、今後、多くの韓国ウォッチャーが懸念する通り、韓国の急速な“左傾化”が憂慮されている。

言いかえれば、北朝鮮勢力との接近である。今回の反朴デモにも、多くの北朝鮮工作員がかかわっているのは自明だが、私が思い起こすのは、あの金大中時代から廬武鉉時代(1998年~2008年)のことである。

韓国が、10年の長きにわたって続いたあの「太陽政策」の失敗を、再び繰り返さない保証はどこにもない。それは、極端な見方かもしれないが、韓国に「軍事クーデター」さえ呼び起こしかねない“不安定な政治状況”をもたらすだろう。

核弾頭の小型化に向けて急ピッチの研究開発がつづく北朝鮮。果たして韓国は、アメリカの「THAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)」導入が、激しい中国の反発を生んでいる中で、“ポスト朴”政権が誕生しても、腰砕けせずに、この導入方針を「維持」できるのか、予測がつかない。

おまけに、アメリカには、さらに先行き「不透明」なトランプ政権が誕生し、朝鮮半島をめぐる米・中の綱引きがどう展開するのかもわからない。

日本の尖閣支配に対して、中国国家海洋局海監東海総隊が「日本の実効支配打破を目的とした定期巡視」をおこない始めて、丸4年。いつ、どのタイミングで、尖閣に中国の武装漁民が上陸し、それを守るために、中国の4000トン級の新型多機能海洋法執行船がどう出るのかも予断を許さない。

不安定要素を増す東アジア情勢で、韓国が、まさに「太陽政策」の金大中・廬武鉉時代の「再来」となるのなら、これは日本人も“他国の出来事”などと笑っていられる場合ではない。

来年は、フランスでも大統領選があり、ドイツでは連邦議会選挙もある。「2017年は、世界情勢が一挙に流動化する」という観測が流れる中、習近平・中国国家主席や、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が“高笑い”するような事態が東アジアに現われることだけは避けなくてはならない。

2017年は、「アメリカ-日本-台湾」の連携の重要性が、さらにクローズアップされる年となるだろう。その意味で、日本の安倍首相がトランプ次期大統領を御(ぎょ)することができるのかどうかは、東アジアのみならず、世界平和という観点からも、非常に重要だ。

仮に、それが失敗して、「米中接近」の時代が逆に到来するなら、私たち日本人も、ある種の覚悟が必要な「時」を迎えるかもしれない。

カテゴリ: 国際, 政治

“オバマを呼び寄せた男”の「菊池寛賞」受賞

2016.10.14

今朝、1本の電話が私の携帯に入った。「おかげ様で菊池寛賞を受賞しました」。静かで凛(りん)とした声だった。広島在住の森重昭さん(79)からである。

森重昭さんと言っても、ピンと来る人は少ないだろう。だが、アメリカのオバマ大統領を“広島に呼び寄せた男”と言ったらどうだろうか。

私は今年5月29日にも、「“オバマ広島訪問”を陰で実現した人々」と題して、なぜオバマ大統領の「広島訪問」が実現し、これほどの感動を呼んだのか、その理由を当ブログで書かせてもらった。その「実現」に大きな役割を果たした人こそ、森重昭さんだった。

アメリカの‟三大タブー”とは、周知のようにネイティブアメリカンの虐殺と隔離政策、黒人差別、そして広島・長崎への原爆投下である。アメリカでは、大統領の被爆地訪問は、それ自体が謝罪を意味し、タブーを侵(おか)すことになるため、これまで実現したことがなかった。

しかし、そのタブーが今年、破られた。伊勢志摩サミットに出席したオバマ大統領は、タイトなスケジュールの中、広島を訪れ、犠牲者に献花したのである。「あり得ないことが起こった」。私は、そのことを思い、当ブログで舞台裏について、書かせてもらったのだ。

米大統領の広島訪問に大きな力となったのは、森さんがサラリーマン生活のかたわら、広島で日本軍の捕虜になっていたアメリカ兵が原爆で12人も被爆死していることを調べ、これを本(『原爆で死んだ米兵秘史』光人社・2008年)として著わしたことだった。

およそ40年にわたって被爆米兵のことを調べ続けた森さん自身も8歳の時に被曝し、多くの知人を喪(うしな)っている。そんな過去を持つ森さんは、訪米して12人の米兵の遺族を探し当て、一人、また一人と面会していった。

アメリカの遺族が感動したのは、即死を免れて辛うじて2週間近く生存した2人の米兵が宇品(うじな)で治療を受けた上で亡くなり、手厚く葬られ、墓標も立てられていたという事実だった。

「広島では、米兵犠牲者も追悼の対象になっています。彼らを含めた全犠牲者を悼み、核廃絶への祈りを広島から発信してください」。広島市民のその思いは、やがて、英訳された森さんの作品『原爆で死んだ米兵秘史』と共にホワイトハウスに持ち込まれ、この事実がアメリカに伝わった。「謝罪のためではなく、米兵を含む全犠牲者への追悼を!」という広島市民の声が、ついにホワイトハウスを「揺り動かした」のである。

周知のように、アメリカの退役軍人組織「アメリカ在郷軍人会」は、米政界に大きな影響力を持つアメリカ最大の圧力団体の一つだ。「原爆投下は、その後の日本本土上陸作戦で失われるはずだった多くのアメリカ兵の命を救った」という論が、いまだにアメリカでは大勢だ。つまり、アメリカでは、原爆投下に対する“謝罪”は、今も「許されていない」のだ。

米大統領の被爆地訪問が一度も実現しなかったのは、このアメリカ最大の圧力団体「在郷軍人会」の力を見せつけるものでもあった。だが、そこに森さんが調べた「12人の米兵」を含む全犠牲者への「追悼のために」という新たなキーワードが加わったことによって、オバマ大統領の広島訪問へのタブーは「取り除かれていった」のである。

あのオバマ大統領の電撃訪問と、17分間の感動のスピーチは、こうして実現した。そして、スピーチの後、招かれていた森さんに歩み寄ったオバマ大統領は、森さんを抱き寄せ、優しく背中を撫でた。全世界に映し出されたそのシーンを見て、私は、感動で心が震えた。

それは、あきらめることなく、気の遠くなるような長期にわたって、こつこつと調査を続けた森さんの努力と執念が報われた瞬間だったと思う。そのことをたまたま知っていた私は、当ブログをはじめ、いくつかの媒体で、オバマ広島訪問の裏舞台を書かせてもらった。

今朝の森さんからの電話は、そのことに対するお礼だった。お陰で、立派な賞をいただきました、と。その時、私は森さんのこの気配りと優しさこそが、広島へオバマ大統領を呼び寄せた“赦(ゆる)しの心”に繋(つな)がっているのではないか、と感じた。

「謝罪」を要求することは、たやすい。現に、憎悪を煽り、国家間の軋轢(あつれき)を助長することに邁進(まいしん)する国が、日本のすぐ近くには存在している。

しかし、広島市民は、謝罪要求を敢えて封印し、この被爆地・広島の地から「核廃絶の意味と、その祈りを発信してください」という、より重要な、いわば‟大義”に向かって突き進んだ。私はそのこと自体に心を動かされたのだと思う。

その立役者であった森さんが、菊池寛賞を受賞した。私は、思惑や商魂が左右する昨今の賞の中で、偉業を達成した‟市井(しせい)の人”森さんにスポットライトをあててくれた菊池寛賞とその選考委員に感謝したい。埋もれた事実を発掘し、世の中を動かした人が受賞するに相応(ふさわ)しい賞だったと、私は思う。

カテゴリ: 歴史

国会「二重国籍」論議が示したものは何か

2016.10.06

これは、逆に、蓮舫氏に感謝すべきことかもしれない。私は、昨日(5日)、今日(6日)と2日にわたって続いた自民党の有村治子議員の「二重国籍」に関する国会質問を見ながら、そう思った。

民進党の蓮舫氏が「二重国籍」を隠したまま、三度も参議院議員に当選し、行政刷新担当大臣という閣僚にも就いていた事実は、国会に大きな波紋を広げた。なぜなら、その二重国籍騒動の中で、蓮舫氏の過去の発言が次々と明らかになり、結果的に、民進党代表選のさなかでの発言が虚偽であったことが白日の下に晒されたからだ。

朝日新聞紙上で発言していた「(日本の)赤いパスポートになるのがいやで、寂しかった」(1992年6月25日付夕刊)、「在日の中国国籍の者としてアジアからの視点にこだわりたい」(1997年3月16日付夕刊)、週刊現代誌上での「そうです。父は台湾で、私は二重国籍なんです」(1993年2月6日号)、あるいは、文藝春秋「CREA」誌上での「だから自分の国籍は台湾なんですが、父のいた大陸というものを一度この目で見てみたい、言葉を覚えたいと考えていました」(1997年2月号)…等々、かつて蓮舫氏は、二重国籍を隠すことなく、堂々とこれを表明していた。

日本より、むしろ「父の生まれた国」への熱い思いを滔々と語っていた蓮舫氏が、民進党代表選の過程で、元通産官僚の八幡和郎氏(現・徳島文理大大学院教授)の指摘でこの問題が浮上するや、発言が二転三転し、ついには、代表選の途中で「台湾籍離脱の手続き」をせざるを得ないところまで追い込まれたのは周知の通りだ。

代表選の対抗馬だった前原誠司氏にも「ウソは言うのはよくない」と窘(たしな)められたほどの蓮舫氏が、それでも代表に当選するあたりが、民進党という政党の限界を表わしているだろう。

しかし、ここで重要なのは、国益が衝突する外交や国防の最前線で、果たして蓮舫氏のように、「父の母国」に強い思いを持つ二重国籍者に、日本の自衛隊の最高指揮官であり、外交の責任者たる「総理」になる資格が果たしてあるのだろうか、という根本問題である。

外交や防衛の最前線では、言うまでもなく、ぎりぎりの判断が求められる。日本の国益を代表してその任に当たる人物が、「(日本の)赤いパスポートになるのがいやで、寂しかった」「在日の中国国籍の者としてアジアからの視点にこだわりたい」という人物があたることに疑問を持たない人はいるのだろうか。

日本では、国籍選択は国籍法第14条によって規定されており、「二重国籍」は認められていない。また、外務公務員法には「外務公務員の欠格事由」という項目があり、二重国籍は厳しく戒められている。それにもかかわらず、前述のように日本の自衛隊の最高指揮官であり、外交の責任者たる「総理」に二重国籍者が「就く資格」が果たしてあるのか、ということである。

本日の参議院予算委員会で有村治子氏は、外交官以外にも、総理補佐官や外務大臣、自衛隊員、要人警護のSPなど、国家機密に近い、あるいは、これを知る立場に就く人が二重国籍者であってもいいのか、という問題意識をもとに質問をおこなった。

現行法制度のもとで二重国籍状態にある人物が閣僚など「政府の要職」に就く可能性が排除されないことに関して、安倍首相は、「国家機密や外交交渉にかかわる人々であり、適切な人物を選ぶよう運営してきた」と説明し、「問題点として存在する。われわれもしっかり研究したい」と答弁するにとどめた。

外務公務員法にのみ、明確な「二重国籍」の禁止条項があるという歪(いびつ)な法体系を炙り出すことになった今回の二重国籍騒動。民進党には、コスモポリタニズムを信奉し、世界市民(地球市民)を志向する人が多いのかもしれない。

しかし、民進党が、国益がぶつかり合う国際社会の舵(かじ)取りを任せられる政党ではないことが、有村氏の国会質疑で浮かび上がったことは間違いないだろう。

カテゴリ: 政治

小池都知事は「税金“掴み取り”時代」に終止符を打てるのか

2016.09.30

国会、そして都議会も開会し、いよいよ政治の季節がスタートした。国会では、早くも「年明け解散」の憶測が流れ、与野党の攻防が本格化している。しかし、なんといっても、世間の注目は、小池百合子東京都知事だろう。

一昨日(9月28日)、都知事就任後初の都議会の本会議で、所信表明演説をおこない、豊洲問題について「都政は都民の信頼を失ったと言わざるを得ない。誰が、いつ、どこで、何を決めて隠したのか、責任の所在を明らかにしていく」と語り、“旧勢力”への事実上の宣戦布告をやってのけた。

小池氏は、さらに「なれ合いや根まわしでコトを丸く収めるのではなく、都民の前で決定過程を詳(つまび)らかにする。議論をぶつけ合うのが、新しい姿だ」と述べ、都議会との真剣勝負も宣言した。

私は、「やっとこういう時代が来たか」と、東京都の納税者の一人として思う。全国で唯一、地方交付税の分配を受けない富裕自治体・東京。2億5千万人の人口を抱えるインドネシアと同規模の「13兆円」の予算を有する東京都では、当初の計画からいくら金額が膨張しようが、「すべてOK」という納税者からは信じられないような感覚が都庁全体に蔓延(まんえん)していた。

いわば業者による税金の“掴(つか)み取り”である。豊洲市場にかけた異常な予算には、盛り土のない空洞問題よりも、都民の多くはそちらの方に溜息をついている。

豊洲市場の主要3施設の落札率は「99・9%」だったという報道に接して怒りを覚えない納税者はいるだろうか。平成25年11月に行われた1回目の入札時の予定価格は、3棟で合計約628億円だったが、応札がなく不調に終わり、12月におこなわれた再入札では、一挙に1035億円まで膨らんだという。

土壌汚染対策費も当初の約1・5倍にあたる858億円に膨張するなど、最終的な総事業費は5884億円に及ぶとされる豊洲市場。まさに「税金“掴み取り”」の集積とも言える様相を呈している。

東京五輪の予算の膨張ぶりもまた、溜息が出るばかりだ。コンパクトな大会が売り物だったはずの東京五輪の開催費の総額が、いつの間にか、招致段階の7340億円から4倍以上の「3兆円」にハネ上がる見込みというのである。

これは、東京都の都政改革本部の会議が試算したものだが、果たして、そんな膨張を納税者の誰が許すのだろうか。

湯水のごとく税金を使うのではなく、質素で、それでいて整然とした日本らしいオリンピックにして欲しいというのは、都民だけでなく国民全体の思いだろう。関連施設や競技会場の建設にあたって、業者による落札率が100%近くになるような事態は、絶対に許してはならない。

小池都知事は一体、誰と、そして何に対して戦いを挑むのだろうか。それは、富裕自治体として、ほとんどチェックもなかった「税金“掴み取り”体質」である。

長年、業者と飲食を共にし、さまざまな恩恵を受けながら、「都議―業者―都庁職員」という納税者不在のトライアングルは維持されてきた。この長年の悪弊、言ってみれば、窺い知ることができなかったブラックボックスを打破できるかどうか。小池氏の手腕は、そこにかかっている。

2020年の東京五輪後、日本は政治の大動乱期を迎える。仮に、小池氏が東京都の膿(うみ)を出し切り、数千億円、いや、それ以上の税金を都民のもとに取り戻すことができるなら、小池氏は、‟ポスト安倍”の筆頭に躍り出るだろう。

「維新」との連携で、小池新党は、東京五輪後の政界のイニシアティブをとることができる可能性がある。石原慎太郎氏が80歳になってから都知事を辞任し、「総理への道」を夢見て17年ぶりに衆議院議員に復帰したように、小池氏の最終目標も、当然、「総理の座」にある。

税金にたかる“トライアングル”の元凶を炙(あぶ)り出し、納税者の負託に応えて欲しいと心から願う。

カテゴリ: 政治

「小池百合子氏圧勝」が証明した“DR戦争”の決着

2016.08.02

小池百合子氏の圧勝で、ほっと胸を撫で下ろした人が、私のまわりには沢山いる。なにより恐れたのは、「鳥越氏が都知事になることだった」という人がいたのでその理由を聞いたら、「都政が“プロ市民”たちに牛耳られるのは、どうしても嫌だった」という。

たしかに都民とは関係のない「憲法改悪阻止」「ストップ・ザ・安倍」「非核都市宣言」……等々と、昨年の国会周辺を取り巻いた人たちが主張することをそのまま述べておられた鳥越氏とその支援者たちに、ある種の“恐怖”を感じた向きは少なくなかったようだ。

都庁で“プロ市民”が跋扈(ばっこ)し、13兆円もの予算に大きな影響を与えるような事態が避けられたことは、たしかによかったと思う。

前回のブログでも書いたように、日本の人口の10分の1が集中する大都市東京では、人生の終末を迎えた老人たちが悲惨な環境にいる。「待機児童問題」より遥かに深刻な問題がそこにはある。

NHKは、「漂流老人」という言葉を用いて、劣悪な環境の中で人生の終末を過ごす人々の姿を捉えていたが、「待機児童」問題も含めて、つくづく東京に住む人は、幸せをつかめていないように感じる。

そこへ1970年代の思想そのままの“老ジャーナリスト”が出て来ても、支持を得られなかったのは、当然だったように思う。

統一候補として鳥越氏を担いだ野党四党は、直前の参院選で計「240万票」を獲得している。知名度のある鳥越氏を統一候補にできた段階で、野党には「勝てる」という目算があっただろう。

しかし、鳥越氏が獲得した票数は、わずか「134万票」。目論見より100万票以上、少なかったのである。そのことをどう見るか。私は、この選挙が「新時代の到来」を意味するものであったということを感じる。ほかの言葉で言い換えるなら、“ドリーマー時代の終焉”ということだ。

今の世の中が、昔のような「左」と「右」との対立の時代でないことは、当欄でも繰り返し論評してきた通りだ。現実には決して目を向けない“ドリーマー(夢見る人)”と、現実を直視する“リアリスト(現実主義者)”の戦いという「DR戦争」がつづいている今、その「決着」を示す選挙結果だったように思う。

今回の選挙がおもしろかったのは、「DR戦争」を明確に示すキャラクターが揃ったことだった。まさに鳥越氏は、“ドリーマー”を代表する人物だったし、“リアリスト”である増田氏と小池氏の二人は、「組織をバックにする人」と「そうでない人」に分かれて、有権者の審判を仰いだ形になった。

選挙戦の過程で、鳥越氏は、過去に尖閣問題に関して、「一体どこの国が日本に攻めてくるって言うんですか」「(中国が攻めてくるというのは)妄想です。そんなことはあり得ない」「万一、ないとは思うが中国が攻めてくる可能性はあるかもしれない。その場合は、自衛隊が戦うべきです。アメリカなんか要らないです」と、支離滅裂な発言をしていたことが明らかになった。

それは、70年代から時間が止まっているのではないのか、と思わせるレベルの低さであり、実際に選挙演説でも、「ガン検診受診率を100パーセントにする」「島嶼部では、消費税を5パーセントにする」という現実離れしたことを語り、口を開けば開くほど票を減らしていった。

自らの女性スキャンダルが報じられた際の対応も最悪だった。「事実無根」として週刊誌を検察へ刑事告訴したが、出演したテレビ番組では、当該の女性とその旦那との「三者会談」をおこなったことを認めてしまった。その上で、最後まで記者会見も開かず、「一体、どの部分が事実無根なのか」という有権者の根本的な疑問には、ついに答えることがなかった。

その人物が、慰安婦の一方的な証言には、「立派な証拠になる」と発言していたことや、また、自らサンデー毎日編集長時代に宇野宗佑首相の女性スキャンダルを女性証言だけで報じたことを「上に相談せず、自分のクビをかけて世に出した」と答えていたことがわかり、まさに“史上最大のブーメラン”という笑い話にもなってしまった。

出馬表明の時が「支持がMAX」であり、あとは本人の実像が露わになるにつれて、票が減り続けるという、‟喜劇の主役”ともなった鳥越氏を見て、私は、この鳥越氏の「票の減り方」こそ、新時代の到来を意味するものだと思った。

もし、インターネット時代以前の「新聞」と「テレビ」だけが大衆の情報源だった時代なら、鳥越氏の「虚像」は、維持されたに違いないと思うからだ。マスコミの「主役」である“ドリーマー”のジャーナリストや評論家によって、露骨な鳥越氏支持の番組が目についたが、もはや、それが「通用しなくなった」ことを、今回の選挙は明確に示したのである。

私が注目したのは、投票日の出口調査で、20代の若者の中に、鳥越氏を支持する人が、「10パーセント」に満たなかったという事実である。各メディアの出口調査で、そのことが明らかになったことで、私は、「うーん」と唸ってしまった。

鳥越氏を支持している層とは、「高齢者」であり、若者は、いくら既存のマスコミが鳥越氏を推しても、もはや反応しない。笛吹けど「踊らない」のである。なぜだろうか。

それは、若い人こそ「現実」を見ているからだ。あの民主党政権時代の「3年3か月」で、就職の“超氷河期”を過ごし、いわば地獄ともいうべき「現実」を徹底的に見せつけられた。彼ら若者は、口では、耳ざわりのいいことばかりを唱えるドリーマー政治家たちの「本質」をとっくに見てとっていたのである。

それを思うと、2位増田寛也氏に100万票以上、また、3位鳥越俊太郎氏にはダブルスコア以上の大差をつけた「291万票」という小池百合子氏の大勝には、さまざまな意味が含まれていたことがわかる。

日本の選挙の中で、唯一、コントロールが利かない選挙――それが東京都知事選である。1100万人(正確には、1127万4000人)の有権者を持つ東京都知事選の結果は、言うまでもなく日本の「今後」を指し示すものである。

悔しくてたまらない既存メディアは、これを「若者の右傾化」と呼ぶ。あるいは、「ネトウヨ」などというレッテルを貼って、その真実を見ようとしない。だが、今回の選挙で明らかになったのは、「若者こそリアリスト」であり、彼らが「DR戦争の主役である」ということだ。

60年安保を経験した高齢者、70年安保を戦った団塊の世代。先にイデオロギーありきの「55年体制」にどっぷり浸かった、言わば“55年症候群”の人たちの時代は「終焉を迎えた」のである。

世代間戦争は明らかに若者、つまり、リアリストの勝利となった。その意味で、小池氏大勝は、高らかに“新時代の到来”を宣言するものだったと思う。

カテゴリ: 政治

いよいよ東京都民の「見識」が問われる

2016.07.13

私は、溜息ばかり吐(つ)いている。一連の都知事選候補者騒動を目の当たりにして、である。タレントの石田純一氏(62)が突然出てきたり、小池百合子氏(63)が「都議会の冒頭解散」という“あり得ない公約”をブチ上げたり、都知事選が‟劇場型”であることは承知しつつも、「おいおい、大丈夫か」という思いが強い。

それでも、最後の最後に、鳥越俊太郎氏(76)が野党統一候補として出てきたことへの驚きに比べれば、まだまだ大したことではなかっただろう。鳥越俊太郎氏の名前を聞いて、いったい「都政をどう考えているのか」「都民も舐められたものだ」と思ったのである。

鳥越氏の7月12日の記者会見での発言を聞いて、私は自分の耳を疑い、「ああ、やっぱり」と思った。舛添問題の発端となった例の都立市ヶ谷商業跡地の韓国人学校増設問題に対する質問に、彼は「具体的に知りません」と答えたのである。

当ブログでも何度も書いてきたように、市ヶ谷商業跡地の韓国人学校増設問題とは、待機児童、待機老人問題に悩む東京都の喫緊(きっきん)の課題として浮かび上がったものだ。しかし、鳥越氏は、その問題を知らない。

「(知事の)任にあたることになったら、東京都民に納得いただける策を打ち出したいと思います。今の段階では、そういう立場にないですから詳しいことは言えません。すみません」

鳥越氏は会見でそう言ったのである。そして、彼の口から出たのは、憲法改正問題や安全保障法案の問題で、ひたすら安倍政権批判だった。数日で「消えた」タレントの石田純一氏が、都政とは関係のない「国政レベルの話に終始した」のと、まったく同じだったのだ。

さらに鳥越氏は、「中国、韓国、アジア各国の首都と首都サミットのようなものを開いて、若者の文化交流、音楽の交流を首都レベルでお互いに続けていく。そうすることで、国では難しいけど、自治体同士で地に足が着いた交流ができるかもしれない。そういうことは、ちらっと考えています」と語った。

私は、「あーあ」と思った。舛添氏がおこなった、まさに“都市外交”とやらの弊害が都民から反発を食らったまさに韓国人学校増設問題だったのに、鳥越氏は、それを知らないばかりか、さらに国を飛び越えた“都市外交”を押し進めようというのである。

頼むからそんなことに都民の税金を使わないでくれ、是非、都内の老人施設をまわり、都心の高齢者がどんな環境で人生の「最期」を迎え、どう過ごしているか、見て欲しい。私は、心からそう叫びたくなった。

‟二元外交”をおこなえば、相手に誤ったメッセージが伝わってしまう危険性があり、舛添氏がそこから躓(つまづ)いたことも知らないまま、あなたは「野党統一候補」という御輿(みこし)に乗って出てきたんですか。私は、そう思って、暗澹たる思いになった。

前回のブログでも書いたように、「2代」つづけて自公が押し立てた都知事がスキャンダル塗(まみ)れで任期途中で辞任した。猪瀬、舛添という2人の都知事の不祥事に、最も反省しなければならないのは、二人を選んだ東京都民である。しかし、それを押し立てた自公が、性懲りもなく、東京都民の税金を4000億円も地方に割り振った元岩手県知事の増田寛也氏(64)を担いだのである。

前回のブログで、「自公に鉄槌を!」と私は書かせてもらったが、本当に反省のかけらもない、どうしようもない組織だと思う。全国でダントツの数を誇る待機児童8000人、そして日本で最も悲惨な最期を迎えている大都会東京の待機老人たち――いったい、今すぐ手を差し伸べなければならない彼らを差しおいて、都民の税金はどこへ消えているんだろうか。

まともな都政論争を聴きたい、と心から思う。今日おこなわれた日本記者クラブでの四者の討論会を聞いていても、鳥越氏の話を聞いて、「なぜ都知事なのか」「せめて都政というものを少しは勉強してくれ」と思わない人はいただろうか。

私は『リーダーの本義』というビジネス書を出したばかりだが、「あなたには、“リーダーの本義”というものがわかっていますか」と問うてみたい衝動に駆られた。

野党統一候補でいけば勝てる、というネームバリュー重視の選択だったのだろうが、いかにも都民は「舐められた」ものである。いい加減、都民も「見識」を示さなければ、さまざまな意味で、次世代へ禍根を残すだろう。

カテゴリ: 政治

次の都知事には「本義に生きる人」を

2016.06.15

つくづく人間の器量とは、土壇場でこそ発揮されるものだと思う。舛添要一都知事の醜態は、人間として、リーダーとしての「行動」「考え方」「覚悟」、あるいは、「身の処し方」……など、あらゆることについての「教訓」を後世に残してくれた。

その意味では、舛添氏は、長く日本の歴史に「名を残した」ことになる。国民の怒りが尋常なものでないことを最後に知った与党の自民党と公明党の優柔不断さも見苦しいものだった。「引導を渡した」のは与党だったとはいえ、とても許されるべき感覚ではなかっただろう。都民による彼ら「自公への鉄槌(てっつい)」は、いつか必ず振り下ろされるべきだと私は思う。

それにしても、待機児童問題で悩む「新宿区の要請」を蹴って、旧都立「市ケ谷商業」の跡地を韓国学校の増設用地として貸し出すという舛添氏の方針が明らかになって以降、丸3か月も迷走した末の辞任劇に、私は、ある種の感慨を覚えている。

市ヶ谷商業跡地問題で、〈これは、ひょっとしたら、舛添要一都知事の“命取り”になるかもしれない。私はそう思っている。いや、そうすべきだと思う〉と、当ブログで書かせてもらったのは、ちょうど3か月前の3月17日だった。

以後の動きを私は、へえーっと溜息をつきながら、見させてもらった。都知事として呆れるようなケチな“醜聞”が次々と噴出して来た。そして、その疑惑解明の最大の功労者は、今回も週刊文春だった。またも“文春砲”の威力を見せられたのである。

先週号で「独走第6弾」となっていたが、まさに政党交付金という名の「税金」にたかる公私混同の政治家の姿について、実に細かく、丹念に、辛抱強く、報道してくれたと思う。それは、国民の税金で政治資金、すなわち政党交付金を賄うべきか否か、ということの是非まで問うものでもあっただろう。

物事の真相や疑問点への解明を週刊誌に“丸投げ”するマスコミばかりの中で、またひとつ週刊誌の役割を果たしてくれたのではないだろうか。

私事で恐縮だが、私は、人間の器量は、土壇場でこそ発揮され、ホンモノのリーダーとは、大きな使命、すなわち「本義」に忠実に生きる人たちであることを著わした『リーダーの本義』というビジネス書をちょうど上梓した。

これは、福島第一原発所長だった吉田昌郎氏や、終戦時、内蒙古の在留邦人の命を救い、戦後は「台湾」を救った根本博・陸軍中将、あるいは「義」のために闘い、悟りを得て「不識庵」と名乗った戦国最強武将・上杉謙信……等々、「本義」に生き、死んでいった多くのリーダーたちの姿を描かせてもらったものだ。

私は、この3か月間、この本の校了作業をしながら、舛添氏の醜態を見つづけた。都知事の本義とは何か――。私は、その意味では、舛添氏が、そのことをわかっているのか、あるいは、考えたことがあるのか、ということを、この3か月間、ずっと考えていたことになる。

都民の生命・財産を守るという最大の「本義」を忘れ、毎週末、都外の湯河原に公用車で通い、豪華外遊では都民の税金を惜しげもなく使い、生活費にさえ自身の身銭は切らず、ひたすら“税金”にたかり、待機老人や待機児童の問題など都の喫緊の課題への「視察」は一度もおこなわず、ひたすら趣味の美術館まわりを視察名目でやり続けた人物。

そんなリーダーが、すべてが明らかになっても、それでも開き直ろうとした姿は、日本人の美徳とされる「恥」の概念からも、本当に多くの教訓を私たちに与えてくれたと思う。

「私欲」のみで生きる人は世の中に多いので、それは責められるべきことでもない。しかし、1300万人の都民の生命と財産を守る「使命」のある都知事には、私は「本義」のために生きる人を選びたい。

カテゴリ: 政治

「オバマ広島訪問」を陰で実現した人々

2016.05.29

私は、なぜオバマ大統領の「広島訪問」がこれほどの感動を呼んだのか、その理由を考えている。そして、これを実現させた名もなき人々のことに思いを馳せている。

「核なき世界」は、人類の悲願だ。しかし、すべての形勢を一挙に逆転する力を持つ核兵器を相手が手放さないかぎり、「自分だけが放棄」することはできない。そのことは誰もがわかっている。

だが、世界一の核大国の指導者が「自分が生きている間は達成できないだろう」という国際社会の現実を示しながら、その核廃絶への“思い”を被爆地・広島で、予定を遥かに超える「17分間」にわたってスピーチしたのである。

この演説は、学生時代から「核廃絶」を主張しつづけたバラク・オバマという人間の集大成の意味を持つものだったと思う。その歴史的スピーチを終えたあと、彼は坪井直さん(91)、森重昭さん(79)という二人の被爆者に歩み寄り、言葉を交わした。

その姿を見て、多くの日本人は感動した。私もその一人だ。私は、特にオバマ大統領が、二人目の森さんをハグした時、「ああ、これは……」と心を揺さぶられた。なぜなら、森さんは、結果的にオバマ大統領を広島に呼び寄せた、“最大の立役者”とも言える人物でもあったからだ。

その森重昭さんを抱き、オバマ氏が背中を優しく撫でるシーンは、事情を知っている人にとって、本当に感慨深かったと思う。私は、昨年の5月26日に当ブログで「広島サミットの実現を」ということを書かせてもらったが、今回、かたちこそ違ったものの、アメリカ大統領の広島訪問を執念で実現した人たちに敬意を表したいと思う。

今回のオバマ広島訪問を実現するために大きな力を発揮した中に、一人の元新聞記者がいる。読売新聞のワシントン支局で特派員として活動し、のちに政治部長となり、現在は、広島テレビの社長を務める三山秀昭氏(69)である。

彼こそ森重昭さんの活動をワシントンのホワイトハウスに持ち込んだ人物である。いや、アメリカ大統領の来訪を待ち望む“広島市民の思い”を「オバマへの手紙」として、ホワイトハウスに持っていった人物だ。

平和公園には、世界中から年間1000万羽を超える折鶴が寄せられている。地元メディアである広島テレビは、その折鶴を再生した紙に、それぞれの思いを書いてもらい、それを「オバマへの手紙」と題し、集めるキャンペーンを続けていた。

三山氏によってホワイトハウスに持ち込まれた広島県知事、広島市長、被爆者、主婦、子どもたちなど幅広い層からの手紙には、「謝罪」を求める言葉や、アメリカへの「恨み」がつづられたものは一通もなかった。

そこには、今回、オバマ氏と対面した被爆者、坪井直さんの「あなたには、人類を救う力がある。来訪を切望しています」というものも含まれていた。被爆者たちの手紙は、ほとんどが「とにかく広島を見てください。そして核廃絶への一歩を共に踏み出しましょう」というものだったのである。

アメリカ大統領の広島訪問に、大きな力となったのは、森重昭さんが、サラリーマン生活のかたわら、捕虜になっていたアメリカ兵がこの原爆で12人も被爆死していることを調べつづけ、これを本(『原爆で死んだ米兵秘史』)として著わしていたことだった。

「広島では、米兵犠牲者も追悼の対象になっています。彼らを含めた全犠牲者を追悼して、核廃絶への祈りを広島から発信してください」

それこそが、広島市民の祈りなのである。71年間もアメリカ大統領の広島訪問が実現しなかったのは、周知の通り、「原爆投下は、その後の日本本土上陸作戦で失われるはずだった多くのアメリカ兵の命を救った」という論がアメリカで大勢だからである。つまり、アメリカでは、原爆投下に対する“謝罪”は許されないのだ。

今回の訪問が実現したのは、招く側の広島にその「謝罪」を要求する意図がなかったからである。その代わり、広島市民の「謝罪ではなく追悼を―」「原爆の悲惨さをその目で焼き付けて“核なき世界”へのアピールをー」という意図がホワイトハウスに伝わったからにほかならない。

三山氏は、ホワイトハウスへ広島市民の「オバマへの手紙」を持っていった際、森さんの被爆米兵に関する英文原稿を持ち込み、「米兵犠牲者も追悼の対象になっている」ことを縷々(るる)説明している。

つまり、アメリカ国内の世論やさまざまな事情を考慮しても、米兵犠牲者の話は、広島を訪れやすい「カード」である、として持ちかけたのである。

そして、ついにオバマ大統領の広島訪問は実現した。今回、森さんは「被爆者として」ではなく、米兵犠牲者を「発掘した人として」特別招待を受けた。その連絡があったのは、訪問わずか2日前の25日であり、アメリカ大使館から「ケネディ大使の要請」という形だった。

なぜ「アメリカ大統領の広島訪問」は実現したのか。そのことを考えると、本当に感慨深い。それは、間違いなく広島の人々の“赦(ゆる)しの心”によるものだったからである。“謝罪”を求めるのではなく、終始、“赦し”の上に立った大義を求める姿勢が、「核なき世界」を夢見るオバマ氏をついに被爆地・広島に呼び寄せたのだ。

憎悪を煽り、国家間の軋轢(あつれき)を助長することで政権の求心力を維持しようとする大国がすぐ近くに存在するだけに、広島の人々が成し遂げた“とてつもない出来事”に、私はただただ頭(こうべ)を垂れるだけである。

カテゴリ: 国際, 歴史

日中外相会談「大失敗」の意味

2016.05.02

最近、どうも不思議なことがある。安倍政権の外交姿勢である。2012年12月の政権発足以来、“対中包囲網外交”を展開し、ある意味の「焦り」を中国側に生み出してきた安倍外交が、ここのところ、どうもおかしいのだ。

中国の報道を細かくフォローしている『レコードチャイナ』が4月30日におこなわれた北京での「日中外相会談」の新華社の報道を紹介している。それによれば、中国の王毅外相は岸田文雄外相にこう述べたのだそうだ。

「この数年の間に、日中関係は絶えず波乱がありました。その原因については日本側が一番よくおわかりでしょう。近年、日本はたびたび関係改善を希望しています。もしあなたが誠心誠意で来たのであれば、私たちは歓迎します」

「中国には“その言葉を聞き、その行動を見る”という言葉があります。今日はあなたがどのように日中関係を改善するか意見を伺いたい。それと同時に、日本側が本当に行動に移すかということも見なければなりません」

「日中は隣国。私たちは当然日本と健全で安定した友好関係を発展させることを希望しています。同時に、この関係は必ず、歴史を正視するという基礎、約束を守るという基礎、協力であり対抗ではないという基礎の上に築かれなければなりません。あなたの今回の訪中が、日中関係の実質的な改善に作用することを期待しています」

これらは一読すればわかるように、「外交の常識」では考えられないような非礼な言葉の連続である。一国の外相を迎える時に、これほどの礼を失した態度と言辞で会談に臨んだ例は、なかなかあるものではない。

岸田外相に対して王毅外相が発言した中身は、要するに「日本が関係改善を希望しているから、あなたに会ってやった。もし、誠心誠意、日本が態度を改めるなら歓迎してやる」「日本にどんな関係改善の意見があるのかは聞く。しかし、問題はそれを日本が本当に行動に移すかどうかだ」「日本は、歴史を正視し、約束を守れ。中国に対抗するのではなく、中国に協力的であれ」ということである。

私は、2014年11月にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で訪中した安倍首相に対して、習近平国家主席が、憮然とした態度で会見したことを思い出した。ほかの国の首脳との会見では、バックに両国の国旗を配して、にこやかに接遇したが、安倍首相に対してだけは、あからさまに「我々は、あなたを歓迎していない」という態度をとったのである。

今回も予想されたこととはいえ、王毅外相の態度に、多くの日本人が呆れ返ったに違いない。1970年代から80年代に持て囃(はや)された「日中友好」という概念が、もはや「とうに存在しなくなったこと」がわかる。

読売新聞によると、これに対して、岸田外相は日本の記者団から会談での発言内容を質問されても、「日本の立場をしっかり伝えた」と語るだけだったという。一方、中国側は王毅外相の発言を詳しく公表し、その中には、岸田外相が「歴史の反省」に言及したとも指摘したそうだ。つまり、王毅―岸田会談は、中国側の「一方的な攻撃」で終わったのである。

産経新聞は、王毅外相の発言を中国側が以下の「4項目」の対日要求を岸田外相に出した、という視点で報じている。

(1)誠実に歴史を反省し、「一つの中国」政策を守る。
(2)「中国脅威論」や「中国経済衰退論」をまき散らさない。
(3)経済面で中国を対等に扱い、互恵を基礎に各領域の協力を推進する。
(4)国際・地域協力で中国への対抗心を捨てる。

いやはや凄まじい要求である。まるで宗主国が属国を指導し、窘(たしな)めるかのような文言というほかない。これらの報道を読んで、根本的な疑問を持たない人がいるだろうか。

「一体、日本は何を期待して、中国を訪問しているのだろうか」ということである。今回の訪中は、中国とのパイプの太さを強調する自民党の二階俊博総務会長と外務省における‟チャイナスクール”の積極的な動きによって実現したものとされる。

チャイナスクールとは、中国で「中国語の研修」を受けた日本の外交官たちのことだ。彼らは、語学研修時代から中国政府と深い関係を結んでいる。彼らの特徴は、中国の意向に従順で、中国を利用して自らの立身出世をはかることにある。言うなれば、「どっぷりと中国に浸った外交官たち」である。

この3月には、外務省の「チャイナスクール」を代表する横井裕氏(前トルコ大使)が駐中国大使に就任し、安倍政権下で‟干されて”いたチャイナスクール組は復活を遂げていた。

中国側の思惑通りの今回の展開は、中国がそのチャイナスクールを利用して日本側を見事に「手玉にとった」ということにほかならない。そして、今月20日に、台湾で民進党の「蔡英文政権」が発足する前に、「日台接近」に対する警鐘を鳴らすことにも成功したことになる。

着々と成果を挙げていた政権発足以来の「対中包囲網外交」を安倍首相はなぜ「転換」したのだろうか。しかし、いずれにせよ、きっかけが、前述の2014年11月に北京で開かれたAPECにあったことは確かだろう。

この時、日本は、尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題に関して「(日中双方が)異なる見解を有している」ことで一致したことを「認める」という大失態を犯している。

日本政府がそれまでの「尖閣は日本固有の領土であり、領土問題は存在しない」という立場から「日中両国が『異なる見解』の存在を‟認識”した」というものに転じたのである。私はそのニュースを聞いて、耳を疑った。

中国は、これからはこの合意をタテに「尖閣(釣魚島)の領有を中国は一貫して主張してきた」という基本姿勢を強く打ち出し、「日本もそれを‟認識”していたではないか」と強調してくるだろう。

「必要ならば、武力で自国の領土(※釣魚島のこと)を守る準備はできている」と事あるごとに言い続けている中国にとって、それは計り知れないほど望ましい「日本側の譲歩」だったのである。この時も、それを押し進めたのは、チャイナスクールの面々だった。

会うたびに、日本が譲歩を迫られる中国との「会談」。岸田外相は、今回の訪中で中国の李克強首相とも会談し、同氏の今秋の「訪日」を要請したという。これだけコケにされても、それでもまだ中国の首脳に日本に「来てもらいたい」らしい。

私は、せっかく成果を挙げていた安倍首相の対中外交が「変質している」ことを深く懸念する。中国との「真の友好」を目指すなら、今は中国と「接近する」ことではなく「距離を置く」ことの方が重要だからだ。

日本が中国に対して、毅然と距離を置き、中国側から日本への「接近」のシグナルとメッセージを引き出さなければならなかったはずである。経済的にも、また南シナ海での領土問題や、あるいはPM2・5などの環境問題でも、困っているのは「中国の側」だからだ。

今回の岸田訪中は、日本国民だけでなく、他のアジア諸国にも大いなる失望を生んだ。周辺諸国と摩擦を繰り返し、国際的に孤立化する習近平政権に、なぜ日本はこうも擦(す)り寄らなければならなかったのか。

絶対に譲歩してはならない国に対して、誤ったメッセージを伝えてしまった岸田外相。チャイナスクールの復活と、対中包囲網外交の変質は、これから安倍政権に重いボディブローとなって効いてくるだろう。

カテゴリ: 中国, 政治

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